23.いくつも愛を持っているタイプの男
遅くなってすみません。
寝るまでは今日、ということでひとつ。
クリストファーも自己紹介をしたところで、王女様が私に向き直って切り出した。
「フレデリック様。もしよろしければ……明日、2人でお話しする時間をいただけませんか?」
「構いませんが」
答えながらも、王女様の様子を注意深く観察する。
先ほどまでと変わらない、にこやかな表情だ。この誘いにどういう意図があるのか……それは読み取れそうにない。
だが少なくとも、彼女の視線にご令嬢たちが私に向けるような、熱いものが含まれていないことは理解できた。
お兄様を見初めるだけあって、イケメンにはさして興味がないのかもしれない。
いや、本人も見目麗しい王族ともなると、付き合いのある人間の顔面偏差値が高すぎて見慣れてしまっているのかもしれないが。
何かボロが出ないかと、もう一押ししてみることにした。
隣のリリアに視線を向け、目を細めて愛おしいものを見るような表情を取り繕った。
「彼女も一緒で良いでしょうか? 人数が多い方がきっと楽しいですよ」
「ええと、ですが」
王女様が初めて笑顔を曇らせ、困ったように眉を下げた。
内心でガッツポーズをする。あわよくばそのまま呆れてくれ、と念を送った。
自分と結婚したいと言ってくれている女性とのデートにほかの女を同伴しようとする男などそうはいまい。
いたらその男とは縁を切った方がよい。
次に取るべき行動について、思考する。
どういう男だったら嫌だと思うだろうか。それを考えて、行動する。
女性ウケを考えて行動していた時とは真逆のことをしているわけだ。
もう骨身に染み渡ってしまっているので、かなり脳のカロリーを使う。
こんなことはこれっきりにしたい。一発で決めてしまうのが互いのためだろう。
「ああ、でも」
獲物を狙うように、眇めた瞳で王女様を見た。
舌なめずりでもしたほうが良かっただろうかと思いつつ、告げる。
「貴女と二人きりでも、楽しめそうですね。いろいろと」
ふっと意味ありげに笑って見せる。
どうだ。連れて来た女に夢中かと思いきや、他の女にも気のある素振りを見せる、いくつも愛を持っているタイプの男。
女の子は嫌だろう。
王女様はきょとんとした顔で、私を見上げていた。
その表情に、ふと違和感を覚える。
まったく響いている感じがしなかったのだ。
暖簾に腕押しとでも言うべきか……障子紙どころか、とろろ昆布でも割いているような手応えの無さだ。
「エリック」
あまりの手応えの無さに追撃で顎クイでもしようかと距離を詰めたところで、横合いから割って入って来た殿下が私の耳を抓った。
痛い。普通に痛い。
何故この人は肉が少ないところを集中的に攻撃してくるのか。どうせなら鍛えているところに攻撃してもらいたい。
殿下は私の耳を引っ張って王女様から引き離すと、やれやれと言いたげに肩を竦めた。
「失礼。彼は誰に対してもこうなんだ」
「美しい女性に声を掛けないのは却って失礼かと思いまして」
「ほらね」
「ふふ」
殿下がふんと鼻を鳴らすのを見て、王女様が小さく笑みを零した。
お上品に口元を押さえながら、くすくすと笑う。
「殿下とフレデリック様も仲がよろしくていらっしゃるのね。お話に聞いていた通りです」
ちらりと殿下に視線を送る。
素知らぬ顔をしているが、わずかに視線が彷徨ったのを見逃さなかった。
どうもこの王太子、面識のない相手にまでお兄様と仲が良いマウントをして回っているらしい。
もしかして殿下があまりに名前を出すものだから、王女様もお兄様のことが気になってしまったのではないか。
だとすれば、今回の事の発端は殿下のようなものである。きちんと責任を持って収拾を図ってもらいたい。
殿下が王女様に何を言っているのか分からない以上、下手な反応はすべきではないだろう。
わざとらしく肩を竦めながら、本物のお兄様が言いそうな台詞を言っておくことにした。
「まったく。どんな話をしていたんだよ、エド」
てっきり何か返事があるものと思っていたが、殿下は王太子スマイルを貼り付けたまま、何も言わないどころか微動だにしなかった。
自分で振っておいて無視をするな。





