22.ぜひ迸る地雷臭を感じ取っていただきたい
モブどれとは関係がないですが、ファンタジーっぽい短編を書きました。
ページの下の方にリンクを貼っていますので、興味がおありの方はご覧いただけると嬉しいです!
「私のことはどうぞ、エリックと」
「エリック?」
「親しい者は皆そう呼びますので」
ご令嬢に評判の良い微笑を浮かべ、ダイアナ殿下に話しかける。
これは馬車でリリアたちに話してあった作戦の一つだった。というより、リリアのための作戦である。
何度練習させても彼女は私を「フレデリック」と呼べなかったのだ。
1回は頑張れても一瞬で化けの皮が剥がれて、2回目には「エリ様」に戻ってしまう。
意外とそういうことをそつなくこなすクリストファーはちゃんと「兄上」と呼ぶことが出来ていたし、正直「兄上」と「姉上」なら万が一間違えても聞き間違いで流せる範囲だ。
だが「エリ様」はさすがに誤魔化せない。
前は「バートン様」と呼んでいたんだからそれに戻せと言ったのだが、「今さらそれは逆になんか恥ずかしいんで」と拒否された。
何の逆だ。
ではいっそのこと、名前の方を寄せてしまおうということで思いついたのがこの作戦だ。
外国人のあだ名というのは、名前とかすりもしていないことが往々にしてある。
リチャードをディックとか、ウィリアムをビルとか呼んだりするくらいだ。
日本人にはとても理解しがたい変貌を遂げているのだから、フレデリックがエリックだってもういいだろう。言ったもの勝ちだ。
いやどう考えてもフレディーとかだとは思うのだが。
さて。「エリ様」対策もしたところで、次の作戦に移行する。
「ダイアナ殿下。こちらはリリア。私の学友です」
ひらりと身を翻し、後ろにいたリリアの腰を抱いて引き寄せた。
バランスを崩したリリアが、私の胸に体重を預ける。
彼女は一瞬驚きに目を見開いたが、すぐに頬を赤くして、潤んだ瞳で私を見上げている。
いいぞ、完璧な「ただならぬ関係のご学友」の演技だ。
……問題は、それが演技ではない可能性がある点だけだ。
「すぐ人恋しくなってしまう質でして。最近はどこに行くにも彼女と一緒なのです」
甘やかな手つきでリリアの髪を撫でる。やわらかく細い髪から、ふわりと花のような香りがした。
同じ宿に泊まっている以上、同じシャンプーを使って洗髪しているはずなのだが……乙女ゲームの主人公様はそのあたりの出来が違うらしい。
リリアの髪に口づけるような仕草を取りながら、王女様の様子を盗み見る。
どうだ。初対面からいきなり連れて来た女を可愛がる様を見せつけて来る男。嫌だろう。
ぜひ迸る地雷臭を感じ取っていただきたい。
「まぁ、そうなのですね! 仲が良いのは素敵なことですわ!」
にっこりと王女様が微笑んだ。
好意的な反応に拍子抜けする。
少しくらいは笑みが引き攣っているかと思いきや……左右対称に口角の上がった、お手本のような笑顔だ。
ちらりと我が国の王族の様子を窺うと、彼もお手本のような笑顔を浮かべている。
……が、その裏からじわじわと怒気が滲んでいるのが感じ取れた。
私とリリアが接触しているといつもこうである。
心配しなくても私はリリアを奪うつもりはないし――いや、以前は確かに奪うつもりで、それが必要以上に成功してしまったきらいはあるが――、何だったら熨斗を付けてお返ししたいと思っているくらいだ。
ヤキモチを妬くくらいなら、もっとガンガン攻めたらよいのではないか。知らんけど。
殿下のお綺麗な作り笑いに慣れてしまってだんだんと感じ取れるようになってきたのか、王女様の方が上手なのか、それとも本当にまったく何も感じていないのか。
微妙なところだ。





