21.何かを失う気がする。
執事が部屋に呼びに来た。いよいよ王女様とご対面である。
城の敷地内を馬車で移動して――敷地内なのに馬車に乗る意味が分からない。確かに庭は広いが歩いた方が健康にもいいだろう――謁見の間に辿りついた。
私たち3人は殿下の後ろに控えて、王女様の到着を待つ。
大仰な音を立ててご大層な扉が開き、護衛と侍女を引き連れた女性が現れた。
歳の頃は私たちと大して変わらないはずだが、大人びた印象だ。
さらさら艶やかな黒髪ストレートのロングヘア、眩いほどの金色の瞳。
長い睫毛にすらりと通った鼻筋、切れ長の瞳。目元の泣きぼくろが何とも悩ましい。
背丈は日本人女性平均よりも少々高いくらいだろうか。
細いウエストに、長い手足。超が付くほどの美人だ。
可愛らしいというよりも綺麗系、美少女と言うよりも美女というべきだろう。
黒髪ロングのストレートとなると結構な確率で「地雷臭」が漂ってしまうものだが、そのあたり、さすがは王女様である。清楚を絵に描いたような仕上がりだ。
顔面至上主義は何も我が国だけの話ではなく、この世界の共通言語であるらしい。
だが、その麗しい顔面を差し置いても、目を引くものがあった。
胸部が非常に――そう、非常に豊かなのである。
胸元がしっかり開いたドレスを着ているのもあってか、歩くとたふんたふんと揺れていて、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。
動くものを目で追ってしまうのは狩猟本能によるものだそうだが……果たしてこれもそうなのだろうか。
きちんと顔を見ないと失礼だと思ったのだが、私はそもそも彼女に嫌われるために来ているわけだ。
胸部装甲にしか興味のない男だと思わせておいた方が利があるかもしれない。
……いや、流石にそれはどうなんだ。何かを失う気がする。
そこまで考えたところで、隣にいたリリアに足を踏まれた。目を向けるとじとっとした目つきで私を見上げている。
視線を感じて顔を上げると、殿下もこちらを振り返り、凍えそうなほど冷え冷えとした顔で私を睨んでいるところだった。
2人とも人智を超えた美形なので、怒った顔が一段と怖い。
君たち気が合うな、そこ2人でくっついたら? とか言ったらリリアのヒールが足の甲を貫通しそうな気がするので、言わないが。
くわばらくわばら。
「エリ様」
リリアが責めるような声音で、私を呼ぶ。
「いや、あれは見てしまうよ、同性でも」
「浮気者!」
小声で弁明したところ、非常に不本意な誹りを受けた。
浮気どころか本気がそもそもないのだが。
私を睨んでいたリリアが、鋭い視線を王女様に向ける。
「あんなの、ちょっと、……いえ、かなり、……わぁ、たふんたふん……」
「ほら」
眉間の皺もどこへやら、リリアが感嘆の声を上げる。目も口もぽかんと開いていた。
むしろ同性だからこそ、己の装甲と比較して心底「すごい」と感動して見入ってしまう気がした。
私だって鍛え上げた立派な大胸筋を差し引いても平均的な装甲だとは思うが、あれはそういう次元ではない。まさに異次元だ。
「……エリ様はダメです」
また「顔面が18禁」のような謂れなき誹謗中傷を受けている。解せない。
「エドワード様。またいらしてくださって嬉しいですわ」
「こちらこそ。前回は療養ばかりであまり国を見て回れなかったから、勉強の機会を貰えて嬉しいよ」
お貴族様的挨拶を一通り済ませて、殿下と王女様がにこやかに会話している。王女スマイルと王太子スマイル、目がちかちかしそうな光景だ。
目を細めて眺めているところに、殿下が私に視線を寄越した。呼ばれているらしい。
王女殿下の前まで行って、騎士の礼を取る。一応護衛――という設定――なのだから、これが正解だろう。
「紹介するよ。彼はバートン公爵家のフレデリック。今回私の護衛を務めてくれたんだ」
「バートン公爵家の……」
王女様が僅かに身じろぎしたのを感じる。許しを得て顔を上げると、困惑した表情の王女様と目が合った。
だが、その表情に驚きや疑いの色はない。
私とお兄様は髪と瞳の色以外はまったく似ていないというのに、なりすましがばれていないのである。
お兄様からほとんど面識はないと聞いていたが……まさか本当に、自分が呼びつけた男の顔と体型も知らないとは。
「お初にお目にかかります。フレデリック・バートンと申します」
「ダイアナ・ノルマンディアスと申しますわ。どうぞ、よろしく」
作法通りにダイアナ殿下の手を取り、手の甲に口づけを落とした。
王女様だけあってこの程度の挨拶には慣れっこらしく、優雅に微笑んでいる。
これが貴族令嬢の正しい振るまいだぞ、と挨拶の都度大騒ぎする背後の聖女に向けて念を送った。





