17.気分は特大ホームランだ
クリストファーと連れ立って、街道を外れた。
開けた場所を避けて、雑木林に身を隠す。
人のいる気配がする。それも1人や2人ではない。
近隣住民の可能性もゼロではないが……肌にねっとりとまとわりつくようなそれは、明らかに悪意だ。
悪意があるならたとえ近隣住民だとしても、捨て置けない。
近づくにつれ、はっきりと様子が読めるようになった。15人といったところだろうか。隠れているものもいるとすれば、20人に届くかもしれない。
やはりただ事ではなさそうだ。
後ろをついてきていたクリストファーの表情にも、緊張が見て取れる。
この距離まで来れば、彼でも人の気配を感じられたらしい。
太い木を見つけて、彼に目配せをした。
二人でその木に登り、気配のする方を窺う。
木々の隙間から、ちらりと人影が見えた。街道の方を窺うように身を潜めている。
夕陽を反射する鎧が見えた。武装しているのは間違いない。
この距離で街道を走る馬車の気配を正確に探ることは困難だろう。他に斥候がいるはずだ。
ここまで運よく鉢合わせしなかったが……下手をすると挟まれる。
クリストファーに木の上で待機するようにジェスチャーで指示する。彼は神妙な面持ちで頷いた。
訓練場に通わせているおかげでハンドサインを理解してくれるのはありがたい。
だが彼は本来争いを好まないたちのはずで、騎士を目指しているわけでもない。
学園での剣術の授業も2年生までなのだし、そろそろ通うのをやめてもよいのではないか。
乗っていた木の枝を蹴って、隣の木に飛び移る。
そして標的の一団を射程に入れたところで、ぽんと空中に身を躍らせた。
剣を鞘に入れたまま、大きく回転するように薙ぎ払う。
一気に人が舞った。
多段ヒットした感触があった。3人は吹っ飛ばせたようだ。
峰打ちである。いや、両刃の剣なので峰はないのだが。この場合は平打ちと言うのだったか。
そのまま一歩踏み込む。
近くにいた男の鳩尾に掌底を一発、足払いを掛けながら屈伸を利用してその隣の男の顎を剣の柄で打ち、振り向きざまにもう1人の頭をめがけて剣を振り下ろす。
これで6人。
「な、」
私の姿を視認して、一人の男が息を飲んだ。
すかさず男の持った剣を蹴り飛ばして無力化、そのまま地面に手をついて、足を男の首に絡めて絞め落とす。
腹筋を利用して体を起こし、倒れゆく男の肩を踏み台に跳躍する。
すとんと着地して、相手を見渡した。
残りは8人。全員武装しているが、人や荷物を守っている風もない。
守る物がないのに武装して雑木林に潜む理由など、後ろ暗いもの以外に考え付かない。
やはり私たちの一団を襲おうとしていたのだろう。王太子目当てか聖女目当てかは分からないが……まぁ、それは後で吐かせればよい。
「何者だ、お前」
問い掛けには応じない。
お兄様に成りすますという目的のために、今日の私はちょっといいところのお坊ちゃんといった風情の私服である。
いつもの騎士団の制服ではないので、一目で騎士とは分かるまい。
ならば余計な情報をわざわざ与える必要はないだろう。
残りの男たちが武器を構える。ひと際大きな、先端に金属の重りがついた棍棒を持った大男が目に入った。
ふむ、あれは使えそうだ。
一足飛びに距離を詰める。相手の懐に潜り込んだところで、気配を消して攪乱を狙いつつ、背後に回る。
木を足場にして駆け上がり、背面飛びの要領で勢いをつけ、大男の頭上から踵を振り下ろす。
手からこぼれた棍棒をキャッチして、大きくスイングした。
ジャストミートだ。
振り回してみて分かったが、この棍棒、見た目で想像したよりもずいぶん重い。
鉄かと思ったが、もう少し質量の大きな金属が使われているのかもしれなかった。
重いというのは単純に、強い。
もちろん当たれば一撃の威力が大きいが、それだけではない。
一度勢いをつけてしまえば、薙ぎ払いのスピードは2撃目から、重量に比例して早くなるのだ。
重いものほど早く落下する、とかいうアリストテレスだったかニュートンだったかの仮説は間違っているらしいが、武器に限ればあながち間違いでもない。
それこそ慣性の法則とやらで、動き始めた物体は等速で同じ方向に運動する。
重い武器を持ち上げて力いっぱい振りかぶらなければならない初撃では余計なことに力が分散するが、2撃目からはそれがなくなる。
つまり、相手への打撃に力を集中させられるのが――武器としての真価を発揮できるのが2撃目からという意味で、重い武器の方がだんだんと攻撃が早くなるように感じられるのだ。
だが、重いものは基本的に大きくなる。その分持ち運びが不便であるし、狭いところでは取り回しがきかないなどのデメリットもある。
一長一短、大きければよいというものではない。
敵に奪われたときの対応も考えておかなければ――こういうことになる。
もう一度、体を支点にして大きく回転する。
いっそ清々しいほどに、残りの敵が一掃されていった。
気分は特大ホームランだ。
やはり体を動かすのはいい。気分が晴れ晴れとする。
決して憂さ晴らしでは、ない。





