12.そのあたりはまぁ、臨機応変に
決意を新たに、私は表情を引き締める。
「殿下」
「何?」
「私に何かあったら、クリストファーとリリアをお願いします」
「は?」
「殿下が一緒にいてくだされば、不条理な扱いを受けることもありますまい」
「待って。きみ、向こうで何をするつもり?」
殿下の問いかけに、私は素知らぬ顔で応じる。
「もちろん平和的な解決を目指しますよ。まずは」
「まずは」に込められた意図は、正しく殿下に伝わったらしい。
彼は眉間を押さえてため息をついた。
そして私に向き直ると、言い聞かせるような口調で告げる。
「……いい? 私は公爵ときみの兄さんから、きみの身柄を預かってきているんだ。いわばきみの保護者だ」
「ほごしゃ」
「2人から『くれぐれもよろしく頼む』と再三、きみが想像する回数の5倍は言われている」
「…………」
そんなにか?
再三というくらいだからと3回を想定していたが、その5倍だと15回ということになってしまう。
それは5回目くらいで「もうわかったから」と言うべきではないか。大人しく聞いている方にも問題があると思うのだが。
私と殿下では1つしか年が違わないのに、片や保護者、片や子ども扱いである。この差は何なのだろうか。
お父様とお兄様からの信頼の差だろうか。
だとしたら、私への信頼度が地を這っている。
「勝手な行動はしないで。何かあったら私に相談すること」
「はぁ」
「きちんと返事をしなさい」
「はい」
怒られたので、渋々頷いた。
だが、一番良いのは「殿下に相談しなければならないようなことが何も起こらない」ことだろう。
何故なら相談した時点で反対されるか怒られるかのどちらかになることが目に見えているからだ。
殿下に気づかれないうちに、全てを完了できることが望ましい。
そもそもリリアとクリストファーには伝えている「女たらし作戦」すら殿下には話していないのだ。
下手なことを言って強制送還されても敵わない。
「ご心配なさらずとも、向こう様の聞き分けさえ良ければ私は何も致しませんよ」
「聞き分けが良くなかった場合の話をしているんだ」
私は沈黙で返した。
そのあたりはまぁ、臨機応変に対応するつもりではある。
私の返答は殿下の望むものではなかったらしく、彼は大きくため息をついて、窓の外に視線を送った。
「紐でもくくっておいた方がいいのかな」
家臣を犬扱いとは。次期国王がこれでは国の未来が思いやられる。
出来たら有能で優しい王様にはなってもらいたいところなのだが。嘆かわしいことだ。
私の視線に気づいたのか、殿下が咳払いをした。
「きみの家族から、最終的には首に縄を付けてでも連れて帰ってきてくれと頼まれているんだよ」
どうも殿下ではなく家族に犬扱いされているらしい。
もはや暴れ牛のように扱われている気すらする。
「あまり心配をかけないで」
「心得ております」
「どうだか。一人でも西の国に乗り込みかねない様子だったと聞いたけれど?」
「……あの時は少々頭に血が上っておりまして」
気まずさに視線を泳がせた。
自覚はなかったが、侍女長にも指摘されたくらいだ。よほど先走った行動をしそうに見えたのだろう。
お父様にもお兄様にも、それが伝わってしまっていたのかもしれない。
誤魔化すように、肩を竦めて見せる。
「殿下がこうしてご助力くださらなければ、クーデターでも起こしていたかもしれません」
「聞かなかったことにするから二度と言わないように」
「ええ。申しませんとも」





