8.だって、お兄様が謝らないから
「姉上!」
サロンの入り口から、クリストファーが転がり込んできた。
走ってきたようで、肩で息をしている。
「クリストファー? どうしたの?」
「西の国、ぼくも一緒に行くことになりましたから」
ふんふんと鼻息も荒く宣言された。
我が家からお目付け役がついてくることは想定していたが、てっきり執事見習いの誰かだと思っていた。それか、対抗で侍女長。
クリストファーがついてくるのは予想外だ。
彼も学園を休まなくてはならなくなるので、お父様あたりは反対しそうなものだが。
「姉上を一人で行かせたら、何が起きるか分かったものじゃありません。兄上の代わりにぼくがしっかり見張るようにと、父上からも言いつけられました」
読まれている。
私が何を考えているかなど、家族には筒抜けのようだ。
それでは確かに、執事見習いでは荷が重いだろう。
今回はお父様とも利害は一致しているはずなのだが、娘の愚行はそれとは別問題らしかった。
私とクリストファーのやり取りを眺めていたリリアが、ふと独り言のように零す。
「じゃあ、お兄様はお家でお留守番ですか」
「……うん。まぁ」
首の後ろに手を回しながら、答えた。
わずかに言いよどんだのを聞きとがめて、リリアが私の顔を覗き込む。
「仲直り、してないんですか?」
「……してない」
視線を逸らしながら、呟くように答える。
「ていうか私が西の国に行くことになってから悪化した」
そう。お父様が許可した私の西の国行きに、お兄様が猛烈に反対したのである。
自分のためにそんなことはさせられないとか、危険だから僕も一緒に行くだとか、勉強についていけなくなって留年するとか。
今回はお父様も珍しく――本当に、天変地異と言っていいレベルで珍しく――私の味方なので、お兄様の訴えは退けられたが、お兄様の言い分を聞いて私はますます機嫌を損ねた。
勝手なことを言う。
まずもって、お兄様のためではなく私のためだし、私が危険だというならお兄様が行くのだって危険なはずだ。
そして物理的な危険への対処能力で言えば、私の方が断然高い。
リスクを減らすことを目的にするなら、私が行く方がよいに決まっている。
最後の心配は、まぁ、……留年したとて死ぬわけではない。
アイザックにも匙を投げられたら、最悪クリストファーと一緒に卒業しよう。
私の様子を横目に見て、クリストファーが苦笑した。
「いつも兄上が怒ると姉上が慌てて折れるのに。今回は意地になってるみたいで」
「だって、お兄様が謝らないから」
「この調子なんですよ」
肩を竦められた。
お兄様の真似をしているのか、いつまで経っても「手のかかる姉」扱いをされている気がしてならない。
だが、こうして西の国への同行を取り付けるあたり、彼も私と同罪のはずだ。
お兄様は、弟妹揃ってなんと手がかかることかと思っていることだろう。





