6.どんな困難だって乗り越えられるよ
「わたし以外を口説くエリ様、解釈違いです!!」
「本人と解釈違いを起こされても」
「地雷です!!!!」
「もはや勝手に爆発するタイプの当たり屋だよ、それは」
ばんばんと机を叩くリリア。サロンの隅に控えている侍女長の目が光ったのが視界の端に映る。
やれやれ、後でお小言を食らっても知らないぞ。
普段私の世話は執事見習いが焼いてくれることも多いのだが、リリアが来る時は別である。
うっかり魅了にかかると目がハートになって使い物にならなくなるので、必然的に侍女長が控えることが多くなった。
侍女長は侍女長で、リリアのご令嬢らしからぬ振る舞いに思うところがあるらしく、時折「失礼ですが」「僭越ながら」を枕詞にお小言をくれたりマナー講座の真似事が始まったりする。
リリアは不思議と嫌がっている様子ではないので、私も黙って見守っていた。
そもそも私の公爵家内の発言権は植木以下である。
下手に口を挟んでも止まらないどころか私までお小言をもらう羽目になるのが目に見えていた。
そこまで考えて、ふと、リリアは魅了が使えるということを思い出した。
「そうだ。私は女性を落とすから、リリアは男性を頼む。最悪の場合は二人で一緒に国を落とそう」
「なんか無茶苦茶言い出してますけど!?」
「大丈夫。二人ならやれるさ。どんな困難だって乗り越えられるよ」
「それもっと別の時に聞きたいやつ! 今じゃないやつ!」
また机を叩いて、そのままの勢いで崩れ落ちた。侍女長が聞こえよがしに咳払いをする。
リリアがすっくと立ちあがって椅子に座りなおした。
賢明な判断だ。
そして独り言のように、零す。
「わたし、何故エリ様がそんな感じに仕上がっちゃったのか、分かりました。誰も止めなかったからなんですね」
「男装は止められたよ」
「訂正します。止められなかったんですね」
リリアがどこか遠くを見るような目をしていた。
まぁ、私としては誰かに「これからこうしようと思う」という相談をすること自体が稀であったように思うので、事前に止められなかったのは誰の責任でもないだろう。
もちろん私の責任でもない。
頭で考えるよりも行動する方が向いているのだ。
今までもそうしてきたし、きっとこれからもそうして生きていく。
後悔は、後からすればよい。
「冗談はさておき。お兄様がいなくなってみろ。傾くのはこの国の方だぞ」
「それはエリ様が傾けてませんか?」
リリアが胡乱げな目で私を睨んでいた。
否定も肯定もせずに、私は一つため息をつく。
仕方ない。予行練習だとでも思って、一発かましておこう。
テーブルの上の彼女の手に、そっと自分の手を重ねる。
「ねぇ、リリア。一緒に来てよ」
「ウッ」
「国外旅行だよ? 滅多にあることじゃないし……君が来てくれたら、きっと楽しいと思うんだ」
彼女の瞳を覗き込むようにしながら、するりと指を絡める。
見る見るうちにリリアの顔が赤くなっていく。つむじから湯気でも出そうな有様だ。
攻め手を緩めず、ご令嬢から評判の軽薄な微笑を添えた「お願いの表情」をして、小首を傾げて見せた。
「ダグラス男爵には私も頼んであげるから。ね? お願い」
「ずっっっっる…………」
リリアが長いため息とともに、そんな言葉を漏らす。
ずるいと言われる筋合いはない。使えるものを使って何が悪いのか。
「そんな……えぇ…… ずっる……何この人……ずっるいわぁ……えぇ……顔良……」
「全部口から出てるよ」
あっさり陥落した彼女に、こらえきれずに噴き出した。
相変わらず、ロベルトのことをとやかく言えないチョロさである。
「ほら。一緒に来てくれたら、好きなものを何でも買ってあげるよ」
「……そこは、『何でもしてあげるよ』じゃないんですか?」
「そんな恐ろしいこと言えるわけないだろう」
軽く肩を竦めて見せると、リリアが舌打ちした。
何をさせるつもりだったのか聞くのも恐ろしい。
彼女はしばらく頬を膨らませていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……ドレス」
「うん?」
「ドレス買ってくれるなら、一緒に行ってあげてもいいです」
「……それ、大丈夫かな? 私、ダグラス男爵に刺されるんじゃないだろうか」
「エリ様が脱がせたいって思うドレスを贈ってください!」
「贈りにくくなることを言うんじゃない」
せめて言わずにねだってくれ。





