4.これほどまでに友情に厚い方だとは
「殿下」
馬車に戻る殿下を呼び止め、駆け寄った。
馬車の入り口に控えた彼の護衛が、迷惑そうに僅かに眉をひそめる。
先日殿下の呼び出しを断るのに少々手荒な真似をしたので、その恨みがこもっているのかもしれない。
「ありがとうございました」
「いや、私は……」
「貴方が我が国の王太子で、本当に良かった」
「え」
跪いて、彼の手を取る。指先にそっと口付けを落とした。
本当に、彼が王太子でなければハグどころか胴上げしているところだ。
殿下の機転のおかげで事を荒立てず、西の国行きの許可を得ることが出来た。
しかも私がお兄様に成りすますという都合のいいオマケつきで、だ。
最悪の場合は実力行使も視野に入れてお父様を説得し、単身西の国に乗り込んで――場合によってはこちらも実力行使を含めて――交渉するつもりだったが、それよりもずいぶんと良い状況になったことは間違いない。
恩を売っておいた甲斐があるというものだ。
……まぁ、彼は私への恩義で行動したわけでもなければ、私のためだというつもりもないだろうが。
お兄様を西の国にやらないために私を利用してやった、ぐらいの認識だろう。
私としても今回は、利用されてやってもいい、と思っていた。
どういうつもりであれ、彼の行動が私にとって僥倖であったことは事実である。
先日の卒業式の件も、水に流してやってもいい。
何か言いたげな顔で口をぱくぱくしている殿下に、私はにこりと機嫌よく笑う。
言われずとも、殿下の思惑は理解している。しかし少々、意外ではあった。
「誰も特別扱いしませんよ」という顔をしている殿下すら動かす力を持っているとは、さすが人望の公爵はスケールが違う。
「まさか殿下がお兄様のために、ここまでしてくださるとは」
「え? いや、」
「もちろんお兄様はこの国にとって必要な人材でしょう。殿下の補佐としても有用であることは間違いありません。ですが、殿下がこれほどまでに友情に厚い方だとは、寡聞にして存じ上げませんでした。認識を改めなくてはなりませんね」
「…………」
殿下は黙ってこちらを見ていた。
じとりとどこか睨むような目つきになっているのが気になるが、照れ隠しとして受け取っておこう。
笑顔をキープしたまま、私は続ける。
「今私と貴方様は、お兄様を西の国に渡さないという同じ目的を持つもの。言わば共犯者です。何かあればおっしゃってください。力になります」
「力に? きみが?」
意外そうな声を出されてしまった。意外を通り越して、何か裏があるのではと疑っているような声音ですらある。
人がせっかく親切で言っているというのに、失礼なことだ。
嫌々お使いを請け負うことはあれど、私から進んで「力になる」などと申し出ることはほとんどなかったので、当然かもしれないが。
「……ちょうどよかった。なら、頼まれて欲しいのだけど」
「は。何なりと」
わざと恭しく返事をすると、殿下はいつもの余裕ぶった王太子スマイルでもって、命じる。
「私に嫁いできたいと言っている向こうの第2王女、ついでにどうにかしてもらえないかな?」





