2.王子さまが攫いに来てくれたら(リリア視点)
リリア視点です。
コンコンと窓に何かがぶつかる音がしました。
何でしょう。風が強くて、葉っぱか何かが飛んできたのでしょうか。
窓に近寄って、カーテンを開きます。しかし、特に何もありません。
念のため窓を開けてみようかと鍵に手を伸ばします。
がごん、と音がして、目の前にあったはずの鍵が、遠ざかりました。
「え?」
窓が窓枠ごと取り外されて、ぽっかり開いた穴から何者かが侵入してきます。
わたしはぺたんと尻餅をつきました。
鍵とかの問題じゃありません。こんなことをされては、戸締りなんて無意味です。
何者かは部屋の中に窓枠を置くと、私に向き直りました。
その何者かは、とても見覚えのある人物と、よく似ていました。
そう、それこそわたしが、窓から攫いに来てくれないかと何度も妄想した人にそっくりです。
「リリア、ちょっと一緒に来てくれ」
ていうか、ご本人でした。
「えええええ!?」
思わず尻餅をついたまま後ずさりしてしまいました。
窓から王子さまが攫いに来てくれたら、なんて文字にするとロマンチックですけど、現実にやられると恐怖でしかないですね。
だってここ3階ですし。わたし別に閉じ込められてるわけでもないですし、おすし。
何だったら寝室で超リラックスモードでしたし。
深夜だし、窓の外に特に伝ってこられる木とかもなければ、ロープもありませんし。エリ様、手ぶらだし。
さっきまで窓枠は持ってましたけど。
「え、エリ様!? ちょっ、ここ、何階だと思ってるんですか!?」
「何階だろう。上から来たから分からないけど。3階か4階くらい?」
「上?!」
どうしましょう。情報量が増えてしまいました。
収拾がつきません。押し寄せる予想外の事態に、だんだん頭がぐるぐるしてきます。
ゆ、夢? もしや夢では?
座り込んだまま動かないわたしに、エリ様が手を差し伸べます。
「いいから、行くよ」
「いや、あの、説明」
「私、気は短い方だけれど。ここまでトサカに来たのは久しぶりなんだ。気を抜くと冷静さを欠いてしまう。私が実力行使しないうちに、早く」
「冷静な人は深夜に他人の家に窓から侵入しませんよ!?」
というか窓枠ごと窓を外すのは実力行使に含まれないのでしょうか。
だとしたら、たいていのことが実力行使に含まれないことになってしまう気がするのですが。
「リリア」
エリ様がわたしを呼びました。
刺すような鋭い声が、わたしを貫きます。
見上げたエリ様の青い瞳は、ぞっとするような冷たい色を宿していました。
「来い」
「ふぁい♡」
反射で返事をしてしまいました。
強引なエリ様もしゅてきです。普段のフェミニストなエリ様からは想像できないくらいのクールっぷりに痺れてしまいました。
最近わたしには時々塩対応ですけど。
エリ様はわたしをお姫様抱っこして、窓――というか今はもう、穴ですけど――に脚をかけます。
「とりあえず、着いたらお父様に自動復活を頼む」
「ふぇ?」
エリ様が口にした、最近使えるようになったばかりのわたしの新技の名前に、ぽやぽやとお花畑モードだった思考が戻ってきます。
以前話したときには「『死なない』じゃなくて『死ねない』なんじゃないの、それ」とか胡散臭そうにしていたのに、どういう風の吹き回しでしょう。
「さすがに『親殺し』の業は背負いたくない」
「ぶ、物騒がすぎる!!!!!!」
思わず叫んでしまいました。
さすがにお姫様抱っこのときめきで誤魔化せる範疇を超えています。
「わたし、何に駆り出されてるんですか!? 怖い! 怖いんですけど!」
わたしの悲鳴を引きずりながら、エリ様は夜の空に向けて跳躍しました。





