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モブ同然の悪役令嬢に転生したので男装して主人公に攻略されることにしました(書籍版:モブ同然の悪役令嬢は男装して攻略対象の座を狙う)  作者: 岡崎マサムネ
Bonus Stage 番外編

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ぼくがずっと、ずっと欲しかったもの(クリストファー視点)

「攻略対象たちが何故本編中で告白しないのか」の言い訳パート4をお送りします。

最後はクリストファー視点です。第4章長い長いエピローグ編の「30.弟だから、いいんだ。」と、オマケで「31.君、時々やけに強情なんだから」あたりの内容を含みます。

 ずっと、姉上のことを見てきた。

 どうして皆、姉上の魅力に気づかないのだろうと思っていた時期もあった。

 それなら、ぼくが姉上を幸せにしようと思った。姉上が……好きだから。2人で幸せになりたいと思った。


 だけれど、学園に入学してみれば、周りは姉上の魅力に気づいている人ばかりで。

 気づいていないのは姉上だったのだと、知ることになった。

 それでも、初めてだった。


「ワタシはアナタがいいのデス! 最初は一目惚れでしタ。デスが、アナタと一緒にいるうちに、確信しまシタ。この愛は間違いなく、運命であると」


 目の前で、他の男が姉上に、愛を告げるのを見るのは。


 こんなにも……泣きたくなるほど、胸が苦しくなるなんて。

 胸に穴が空くようなこの感覚に、ぼくは覚えがあった。


 ◇ ◇ ◇


 ずかずか家にまで上がり込んできたその男は、姉上が弟だと紹介したぼくに向かって右手を差し出すと、こう言った。


「弟サン? それでは将来のワタシの弟デスね! どうぞ、仲良くしてくだサイ」


 当たり前のように、姉上と結婚するような話をして。

 好きだと告げて、愛を囁いて。


 ぼくには……弟のぼくでは出来ないことだ。

 もしぼくがそんなことをしたら、きっと姉上は困ってしまうし……今の関係を、壊したくない。


 姉上がいて、兄上がいて。父上と母上がいて。その幸せは、ぼくがずっと、ずっと欲しかったものだから。

 やっと手に入ったものだから。

 それを手放すことになるかもしれないのは……家族が壊れてしまうのは、やっぱり、怖い。


 兄上は受け入れてくれているようだったけれど……姉上が受け入れてくれなければ、意味はなくて。

 ぼくは姉上と一緒に、幸せになりたいから。


 ぼくが絶対に姉上を幸せにできるって――2人なら絶対に幸せになれるって、そう言えるようになるまでは――どうか、このままで。

 今のままでいたいと思ってしまうぼくは……ずるい弟なのかもしれない。


「…………生憎ですが。ぼくにとっての兄は1人だけですので」


 差し出された彼の右手を、ぼくは握らなかった。


 姉上の腕に腕を絡めて、彼から引き離す。

 にこにこ笑い合いながら、仲の良さを見せつけるように会話をしていると、彼は不満そうに呟いた。


「エリザベス。エドワードから『みだりに触らせるな』と命令されていたのに」

「クリストファーは他人じゃない。弟だから、いいんだ。ね?」


 どういう経緯で王太子殿下にそんな命令をされたのかは、後で問い詰めるとして。

 やさしい瞳でぼくを見つめる姉上の肩に、頬を寄せる。


「はい」


 そうだ。

 ぼくは姉上の弟だ。


 そんなこと、分かっている。姉上だって、ぼくのことを弟としか思っていない。そんなの、ぼくが一番分かっている。

 だけど、だから何だというのだろう?


 少なくとも、昨日今日姉上と知り合ったような人間に……分かるものか。

 姉上がどんなに素敵な人で。

 姉上がぼくにとって、どれだけ大切で。

 どれだけ必要な存在か。


「貴方の方に愛があっても、姉上に愛がなければ意味はありません」


 ぼくの唇からこぼれたその言葉は、自分自身に言い聞かせるようなものだった。

 腕を絡めても、どさくさ紛れにデートに誘ってみても。姉上はやっぱり、何も気づいていない顔をしていて。


「姉上には、恋愛はまだ早いです」


 弟だから、というその言葉が、嬉しくて、悲しかった。


 ◇ ◇ ◇


 姉上。

 馬で学園まで一緒に行きましょうと言ったのはぼくです。

 確かに後ろで寝ていていいと言いました。

 でも、こんなにがっつり寝られるのは予想外です!


 姉上は最初こそ普通に乗っていたものの、3分もしないうちにぼくにもたれかかって、完全に眠りに落ちてしまった。

 今は後ろからぼくのお腹に手を回して、首元に顔を埋めて寝息を立てている。


 完全に抱きしめられているような状態で、身体がぴったり密着していて、気が気ではない。

 こんなことを考えている場合ではないのに。姉上を狙っている誰かが家にいるかもしれなくて。それについて考えないといけないのに。

 すぐ後ろにいる姉上のことしか考えられなくなってしまう。


 風に乗って、ふわりと整髪料の匂いがする。

 姉上の匂いだ。


 身体中が心臓になってしまったんじゃないかというくらい、鼓動がうるさい。

 姉上を起こしてしまうんじゃないかと心配になるほどだ。


 必死で前を見て、汗で滑りそうな手綱を強く握る。せっかく事故を未然に防いだのに、ここでぼくが事故を起こしたら元も子もない。安全第一、安全第一。


「うーん……」


 姉上がぎゅっとぼくを抱きしめる腕に力を込めて、頭を動かす。

 さらさらした髪が首元をくすぐった。咄嗟にびくりと肩が跳ねる。


 起きて欲しいような、早く学園について欲しいような、……今が永遠に続いて欲しいような。

 こんな姉上の姿を見られるなら、しばらくは弟でもいいような、早くここから抜け出したいような。

 いや、ほんとうにそんなことを考えている場合ではないのだけれど。


 交差点で立ち止まり、ちらりと振り返る。

 目を閉じた姉上の顔が、すぐそこにあった。


 いつもぼくを……ぼくたちを守ってくれる姉上。

 今度は、ぼくが守らなくちゃ。


 ぼくは唇を引き結んで、手綱を握り直した。


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