私が王太子でさえなければ(エドワード視点)
「攻略対象たちが何故本編中で告白しないのか」の言い訳パート3をお送りします。
今回はエドワード視点です。第4章長い長いエピローグ編の「25.王太子スマイル」あたりの内容を含みます。
ロベルトから、ヨウのことは聞いていた。
だが、実際にその姿を……跪いて、彼女の手を取り、愛を滔々と語る姿を目の当たりにするまで、どこか信じられないでいた。
第6王子とはいえ王族だ。利害関係や外交上の問題を加味せず――ただでさえ、最近の我が国と彼の国の関係は複雑になりつつあるというのに――軽々しく他国の貴族に本気で求婚するなど、普通では考えられない行為だ。
だが、彼は彼女の前に跪いていた。やさしく、愛おしそうな目で、彼女を見つめていた。
「ワタシはアナタがいいのデス! 最初は一目惚れでしタ。デスが、アナタと一緒にいるうちに、確信しまシタ。この愛は間違いなく、運命であると」
どうしてそんなことが出来るのか、と思った。
そしてどうして彼女は……ヨウの手を振り解かずに、彼を見つめているのだろうか、と思った。
◇ ◇ ◇
もし私が本気で彼女を欲しいと言えば、きっと簡単に手に入れることができるだろう。
命じれば、彼女自身にすら「はい」と言わせることができる。
王家とはそういうものだ。貴族とはそういうものだ。
もともとロベルトが結婚するはずだった相手である。身分から見ても問題はない。
公爵は渋るかもしれないが、押し切れるだろう。
だけれどそれは、私が王太子だからという、ただそれだけのことで。
そこに彼女の意思は、何もない。
私はそれでは嫌だった。
彼女に私を見て欲しかった。私に恋をして欲しかった。
だから、彼女を恋に落とすために……私は。
彼女に「好きだ」と言わせるまではと、そう思っていたのに。
「エリザベス。ワタシと一緒に東の国に来てください。ワタシの国なら、アナタが危険な仕事をする必要はありまセン」
彼女との逢瀬を邪魔するように執務室に乱入して来たかと思えば、気づいた時にはヨウはまた、彼女の手を握っていた。
だいたい、彼女も彼女だ。本気を出せば躱せるはずで、みすみす触らせてやることはない。
「王子妃として、何不自由ない生活をお約束しマス。か弱いアナタに、一人で背負わせるようなことは絶対にさせまセン」
ヨウの言葉は、いちいち私の神経を逆撫でする。
嫉妬と怒りで気が狂うかと思った。
王子妃? 東の国?
そんなに簡単なものか。そんなに軽々しく口に出来るものか。
そんなに簡単に、私が欲しくて仕方のないものに手を伸ばすなどと。
私はそれができるなら、何もいらないのに。
「ヨウ。東の国では違うのかもしれないけれど……この国では、未婚の女性にみだりに触れてはいけない」
「未来の伴侶ですから、問題ありまセン!」
私は腹が立っていた。
目の前の男が彼女に向ける言葉は、紛い物だ。
冷静になってよく観察すれば、すぐに分かった。
だからこそより一層、我慢がならなかった。
「嫌がっているみたいだけれど。見て分からない?」
「ンー? ワタシには、エドワードが嫌がっているように見えマスが」
「…………」
私は一瞬沈黙した。本来笑って「何を言っているのか分からないな」とでも言って流すべき場面だ。
けれど私は、笑顔を取り繕うことを止めた。
目の前の男を、睨みつける。
これほど彼女を愛している私が愛を囁くことは許されないのに、何故こいつはそれを許されるのか。あまつさえ、彼女に触れて。
分かっている。八つ当たりだ、嫉妬だ。
だけれどそれの、何が悪い?
「そうだね。私が嫌だから、彼女に触れないでくれるかな?」
ヨウは一瞬目を見開いた。私の言葉が予想外だったのだろう。
「可哀想なエリザベス。ワタシなら、こんなふうに命令して、言うことを聞かせたりしないのに」
去り際、彼は捨て台詞のようにぽつりと呟いた。彼女に向けた風を装っていたが、その実、私に向けた言葉であることは明確だった。
いっそ、私が王太子でさえなければ、彼のように手を伸ばせたのだろうか?
だが、私が王太子でなければ……こうして彼女を呼び出すことも出来なかっただろう。
どこまで行っても、私と彼女の関係は、王太子と貴族でしかない。
それが嫌だった。どうしようもないことだけれど、それでも、嫌だった。
自分がこんなに我儘な人間だとは思わなかった。
自分がこんなに欲の深い人間だとは知らなかった。
彼女が気持ちを向けている相手が自分ではないことは、もうずっと分かっていた。
リリア・ダグラスに接する彼女を見た時から。
けれど、私は決めたのだ。彼女を落としてみせると。
結局リリア・ダグラスに向けていたそれは恋愛感情ではなかったようで……彼女を見るうち、薄々、気づいてはいたけれど。
何故なら、恋は、もっと苦しくて、切ないもののはずで。
彼女のそれは、恋の上辺をなぞっているだけに見えたからだ。
私は彼女が欲しい。
彼女の、初恋が欲しい。
私と同じくらい、苦しくて、切なくて、心の中が綯い交ぜになって、なりふり構わず、嫉妬で身を焦がしてしまうような。
近くにいるだけで胸が高鳴って、視線を向けられるだけで嬉しくて、声を聞けるだけで顔が熱くなって、その手に触れられたらと夢に見てしまうような。
そんな気持ちを、私に向けて欲しい。
彼女が私を……他の誰も、歯牙にもかけていなくとも。
いつか、彼女の方から、私を。
「今の私はあまり冷静に物事を見られているとは言い難い。バイアスが掛かっているかもしれないから、当てにしないで」
「殿下が?」
「誰のせいだと思っているの?」
「ヨウのせいでしょうか」
「……そうだね」
私が何故冷静さを欠いたのか――それどころか、冷静さを欠いていたことすらまったく分かっていないらしい彼女に、ため息をつく。
早く振り向いてもらいたいものだ。
私が痺れを切らしてしまう前に。





