世界で一番大切な、かわいい妹(5)(お兄様視点)
第3章から第4章くらいにかけての、エリザベスの兄「お兄様」視点のお話その5です。
お兄様から見たエリザベスを取り巻く恋愛模様、という題材です。
今回はお兄様とエリザベスが中心になって、リリアの話をしています。
「お兄様」
屋敷の中を歩いていると、リジーに呼び止められた。
廊下の端にいた彼女は、長いコンパスであっという間に僕の前まで来ると、にこりと微笑む。
「今度、友人を紹介したいのですが……お時間をいただけますか?」
「友人?」
その言葉に、つい聞き返してしまった。最近妹の友人とよく会っているので、そのうちの誰だろうと思ったのだ。
「紹介」なんてわざわざ言うくらいだから、もしかして?
「えーと。クラスメイトで、何度か家にも呼んでいるのですが。ぜひともお兄様にお会いしたいと」
「ああ、リリアさん、だっけ」
思い当たった彼女の「友人」に、ぽんと手を打った。
よかった。妹に幸せになってほしい気持ちはあるけれど、まだちょっと「結婚」は早いよね。
妹弟離れをしていない僕はまだ、結婚式に出席する覚悟までは出来ていなかった。
「侍女長やクリストファーから聞いてるよ。仲良しなんだよね? ふふ。紹介してくれるなんて嬉しいな。僕もいつ会えるんだろうって思っていたんだ」
「それで、ですね」
リジーは素早く周囲を窺うと、そっと声を潜めて僕に耳打ちした。
「彼女はその。少々特殊で。目からこう、光線が出るのです」
「光線?」
「それを直視すると、最悪目が焼けます」
「目が!?」
ぎょっとして彼女を見る。
リジーは眉間に皺を寄せた難しい顔をして、神妙そうに頷いた。
「そんな人間はいないと思うんだけど……え? いない、よね?」
「そのぐらい、可愛いんです」
ものすごく深刻なことのように言われてしまった。
予想外のことが多すぎて、僕は目を白黒させることしかできない。
「一目見た瞬間にお兄様の頭の中でウエディングベルが鳴ってしまったらどうしようかと」
「えーと。リジーの同級生でしょう? 5つも年下だし、学生相手にはさすがにないと思うよ」
「お兄様のことは信頼していますが。ちょっと人智を超えた可愛さなので」
「人智を……?」
可愛さが人智を超える、という意味がちょっと僕にはよく分からないけれど……とにかくすごく可愛い、ということなのだろうか。
「しかも、ちょっと変わっているので。いえ、良い子なんですけど。良い子ではあるんですけれど。友達ぐらいがちょうど良いというか。私にはお兄様の恋愛に口を出す権利はありませんが、それでもあれが義姉はちょっと、勘弁して欲しいと言いますか」
「と、友達、なんだよね?」
「はい」
思わず聞き返した僕に、リジーは当たり前でしょうと言わんばかりに頷いた。
僕の頭の中はとっくに?マークだらけなのだが、彼女はさらに言葉を重ねる。
「あと、彼女は男性が苦手なので。妙なことになって驚かせたくないんです」
「そっちを先に言って欲しかったかな」
本当にそっちを先に言ってほしかった。つまり、「可愛いからといってあまり構いすぎないで」ということらしい。
一時期クリストファーは「姉上には友達がいないんじゃないか」と心配していたけれど……こうして妹がたくさんの友達に愛されていることを実感すると、嬉しくなってしまう。
「ふふ。最近はリジーの友達に会う機会が多くて嬉しいな」
「え?」
「この前、アイザック君のお家で食事をご馳走になったんだ。王城でもよくロベルト殿下とお話するようになったし」
「……それは……どういった経緯で……?」
怪訝そうな顔で首を傾げるリジー。
説明をしようとして、言葉に詰まる。
しまった。経緯を説明すると、彼らがリジーに向ける気持ちについても話さなくてはいけなくなってしまう。
こういうことを当人以外がバラしてしまうのは、きっとよくないはずだ。
「もしかして……私がお兄様が素敵だと言ったから……?」
「え?」
僕がもごもご口ごもっていると、リジーがぼそりと呟いた。思わず視線を向ける。
あれ? 気づいていないと思ったのは、もしかして僕の勘違い? でも、気づいているならどうして……
「お兄様」
「うん?」
リジーが僕の肩に手を置いた。射抜かれてしまいそうなくらい真摯な眼差しで、こちらを見つめている。
「私はお兄様には非常に感謝しています。尊敬しています。私がこうして恙無く暮らせているのは、性別という枠組みに囚われず、今の私を妹として受け入れてくれたお兄様の存在あればこそです。お兄様がずっと私の味方でいてくれたからこそです。私はお兄様の妹に生まれてよかったと、心から思っております」
「え? え? 何、急にどうしたの?」
「ですから、万が一、お兄様がそちらの道に歩まれたとして。他の誰が反対しても、私は、私だけはお兄様の味方でいるつもりです。お兄様の愛した人なら私は二人を応援するつもりです。……その、つもりなのですが。先に一つだけ、申し上げます。前言を撤回するようで非常に女々しくて恐縮なのですが」
くっと苦々しげに顔を歪めるリジー。僕の肩を握る彼女の手に、力が入った。痛い、痛い。
「その中だったらリリアが一番マシです!!」
「リジー!? さっきから何の話!?」
珍しく大きな声を出した妹に、つられて僕も叫んでしまった。
いつもいつも、リジーは僕の予想にないことばかりするのでびっくりしてしまう。
きっと何年兄をやっていても、慣れることはないんだろうな、と思った。
「……すみません。取り乱しました」
「えーと、それはいいんだけど」
リジーは咳払いをすると、とてもやさしく愛おしげな視線を僕に向けた。
そして「すべて分かっていますよ」という顔でゆっくりと頷く。
僕は知っている。この顔の時のリジーは、何も分かっていない時が多いということを。
「大丈夫です。もう受け入れる準備はできましたので」
「リジー? あのね?」
「何かあればいつでもご相談ください。私はいつでも、どんな時も。お兄様の味方です」
「え? あ、ありがとう。それはすごく嬉しいんだけど」
さっきからやたらと嬉しいことを言ってくれるリジー。
だけど、何かが噛み合っていない気がする。
このままだと僕の婚期がますます遠ざかりそうな勘違いが発生している気がする。
「では私はこれで」
また長い脚で颯爽と歩いて去っていく彼女を、僕は慌てて追いかけた。
「待って待って待って! 何か誤解があるよね!? ちょっと!」





