世界で一番大切な、かわいい妹(3)(お兄様視点)
第3章から第4章くらいにかけての、エリザベスの兄「お兄様」視点のお話その3です。
お兄様から見たエリザベスを取り巻く恋愛模様、という題材です。
今回はお兄様とアイザックが中心です。
「アイザックくん」
「……バートン伯?」
王立図書館で妹の友人の姿を見つけて、僕は思わず声をかけてしまった。
名前を口にしてから気づく。いけない、ちょっと馴れ馴れしかったかもしれない。
彼は気難しいところがあると、リジーが言っていた。
「あ。ご、ごめん。妹がいつも名前で呼ぶものだから、移っちゃったみたいだ」
「いえ。構いません」
アイザックくんが特に気にしていない様子で返答してくれた。
リジーから「愛想がない」と聞いていたけれど、そういった感じはない。
突然呼び止めた僕にもきちんと対応してくれる、真面目そうな男の子だ。
次期宰相として見込まれている彼は、父親である現宰相の補佐として会議や社交の場にも時折顔を出しているので、お互い面識はある。
だけれど、立ち話をするような仲ではない。そんな彼をわざわざ呼び止めたのは、妹のことが聞きたかったからだ。
どうもロベルト殿下からも並々ならぬ気持ちを向けられているらしい妹のことが気になってしまって、学園での様子を聞いてみたくなったのだ。
エドワードも同じ学園にいるわけで、ぎすぎすしていたらと思うと不安が募るばかりだ。
「領地からの贈り物、いつもありがとう。僕はすっかりあのジャムの虜なんだ」
「喜んでいただけているようで、幸甚です」
その味を思い出して、顔中に微笑みが広がるのを感じた。特に苺のジャムが僕の一番のお気に入りだ。毎日でも食べたいくらい。
「妹のことも。仲良くしてくれてありがとう。君には助けてもらってばかりだと聞いているよ」
「バートンが?」
「うん。君がいなかったらやっていけない、って」
「……そうですか」
「それでね、学園での妹の様子なんだけれど……」
本題を切り出そうと思ったところで、ふと彼の表情が目に入った。
ひどく嬉しそうな、愛おしいものを思い浮かべるような、花が綻ぶような笑顔だった。
普段、父親の付き添いをしているときの彼からは想像もつかない顔だ。
その瞬間、僕はすべてを理解した。いや、理解してしまった。
予想外の事態に、呆然としてしまう。
「バートン伯?」
不思議そうな顔でアイザックくんが首を傾げた。
いけない、つい呆然としてしまった。
どうやらアイザックくんはどんな顔をして僕の妹のことを思い浮かべていたのか、自覚がないらしい。
「あ、ううん。えーと。妹は学園で、ちゃんとやっているかなって。聞いてみたかったんだ」
「そう、ですね」
彼が一瞬言い淀んだ。
「元気に過ごしています」
「…………」
言い淀んだうえに「きちんとやっている」という返事が返ってこないあたり、ちょっと妹のことが心配になってしまった。
僕が妹の学園での素行に思いを馳せていると、今度はアイザックくんが僕に問いかけてきた。
「バートン伯。突然ですが……今度夕食にご招待しても?」
「え? うん、それは、喜んで」
夕食と言われて、ほとんど反射的に頷いてしまった。
妹の友達で、次期宰相がほぼ内定している彼と交友を深めることは良いことだと思うし……ほかのお屋敷のごはんって、気になるよね。
「僕も、彼女の家での様子を聞いてみたい」
アイザック君が微笑む。また、ひどく優しい顔をしていた。
リジー、彼と仲が良いと言っていたはずだけど……この顔で見つめられて、何も気づいていないのだろうか。
気づいていて好意を利用するような子ではないと思うし、何か困っているなら相談してくれるんじゃないかとは、思うけれど……
「それから、貴方の話も」
「僕?」
「いつも耳にタコが出来るくらい、聞かされていますので。素敵な『お兄様』だと」
「そ、そうなの? えへへ……照れるな」
エドワードの言う通り、リジーは友達に僕のことをずいぶん良く話してくれているらしい。
期せずして嬉しくなってしまう。
「ぜひ、参考にさせていただきたい」
その言葉に、ふっと先日のロベルト殿下を思い出した。
彼も「参考にさせていただきたい」とか言っていた気がする。だとすると、やっぱり彼も……?
アイザックくんを見る。妹のことを好きでいてくれているらしい彼に、ロベルト殿下も「そう」なのか、なんて、僕には聞けそうにない。
リジー。いったい何をどうしたら、こういう事態になるの?
お兄様は妹のことが心配です。





