46.リリアは私の友人ですから
「あの廃屋。人が少なすぎました。火薬や武器の量と比べて、明らかに人員が不足しています。となれば、他に拠点がありそこに人員が配備されていると考えるのが自然。しかし聖女を攫い、いつ誰が攻め入ってくるか分からない状況で……わざわざ守りを薄くする必要がありましょうか。では、何故守りが薄かったのか。それは、他の拠点がすでに攻め入られていたからでしょう。むしろそれがきっかけで、彼らは人員が不足している状況でも聖女の誘拐を急ぎ決行せざるを得なくなったと考えるのが自然です。人質が必要だったのです。ただの民草でなく、国を、騎士団を相手取り、交渉材料足り得るような人質が」
陛下は私の話を、黙って聞いていた。
頷きもしないが、否定もしない。私はそれを肯定と捉えた。
「用兵の経験のない若造の意見と笑っていただいて構いません。ですが私は此度の状況をそう分析しました。そうでもなければ、第6王子とはいえ王族の率いる国を挙げた計画を、1人の人間が潰せるはずがない。裏でもっと、私なぞの想像もつかないような大きな事態が動いていて……たまたま、私が目に付くところを、美味しいところを頂戴しただけのことです」
私を見つめる陛下の目が、僅かに細められた。鷹揚に髭を撫でている。
お父様と同じくらいの歳だろうか。目元に笑い皺が目立つが、なかなかのイケオジだ。
遺伝子の力を感じる。
「私のような凡愚でも推察できること。私よりも見識のある者が見れば火を見るよりも明らかでしょう。ですが、実際は私の手柄として扱われている。それは何故かと言えば『その方が都合が良いから』でしょう。表舞台にさらされない方が都合のよい『何か』の隠れ蓑として、ちょうど良いところにいた私が利用された。それで何故、褒美などいただけましょうか」
表舞台にさらされない方が都合のよい『何か』が実際のところ何であるかは、私には分からない。
騎士団の機密部隊である第一師団辺りが動いたのかもしれないし……国王直下の「御庭番」が動いたのかもしれない。
それにお兄様が……公爵家が関わっていたのかどうかも、はっきりとは分からない。
だが、ヨウの口ぶりでは彼は聖女ではなく私を狙っていたようだったし、リリアに聞いたところでは、バートン公爵家そのものを狙っているようなことを言っていたらしい。
であれば、公爵家の危機に、公爵家の敵に……お父様とお兄様が何もしないとは、考えられなかった。
心根の正しきものはバートン公爵家の友となり、心根の悪しきものも不思議と友となる。
バートン家に仇なす者があれば、善悪問わず全貴族が敵に回る。
その逸話はまるで伝説のようだが……その実それは、バートン公爵家が敵と見做したものに、国内の王侯貴族の総力を持って殲滅させ得るだけの権限を持っている、ということを意味していた。
人望があるから長い歴史の中で自然とそうなっていったのか、人望のあるものを見込んでその権限が託されたのかは……私には分からないが。
伝説は伝説のまま、得体のしれないままの方がよいことも、世の中にはあるだろう。
その方が、幸せなことも、だ。
「私も貴族の端くれ。『その方が都合が良い』のであれば、ご意向に沿って振る舞いましょう。……元より聖女は私の友人ですから、助けるのは当然の行いです。彼女が聖女ではなかったとしても、私は彼女を助けました。誰のためでもありません、私のためです。ですから褒美などと本来烏滸がましいことですが……もしどうしてもと仰るのであれば、『我が兄へ』と申し上げているのです。私が兄に懐いているのは周知のことです。私が褒美を『我が兄へ』とお願い申し上げることは、何ら不思議なことではありますまい」
私はにっこりと唇に笑みを刻む。貴族らしく取り繕って、偉い人には笑顔で接する。
「ですから、それは私の兄へ。あるべきものをあるべきところへと、お願い申し上げる次第です」
私を見て、国王陛下がふっと噴き出した。そして声を上げて笑う。
別にウケ狙いではなかったのだが……まぁ、ウケないよりはいいか。
「やはり、愚息らの言うとおりの人間だな」
「はい?」
「そなたは強く、すべてを見通しているようで……そして、食えない人間だと」
「買い被りです」
どこまでがロベルトで、どこからが殿下の言った言葉なのか、すぐに分かってしまった。
そんな話までしているとは、親子関係は良好らしい。いいことだ。
「そなたのような騎士は少ない。騎士団にぜひ欲しいものだ」
「もったいなきお言葉」
「……気が変わったらいつでも申せ」
「仰せのままに」
陛下が視線で退出を促した。心の中でほっと息をつく。ようやく一件落着だ。
あわや他国との戦争になりかけるような誘拐イベントもそうだが、国王陛下との謁見イベントとか、友情エンドに組み込まれていていい重さじゃない。
大聖女の力の代償だとしても、私の負担が大きすぎるだろう、と思った。
再度頭を垂れて、私は玉座の間を後にした。





