33.危なっかしくて、目が離せない(クリストファー視点)
クリストファー視点です。
厩舎に馬を預けに行く振りをして、ぼくは再び門まで戻ってくると、馬の背に跨った。
そのまま公爵家まで引き返す。
「兄上!」
玄関に兄の姿を見つけて、駆け寄る。
「クリストファー」
「どうでした?」
「君の言う通りだった。馬車の車輪に細工がされていたよ」
兄の言葉に、さっと血の気が引いた。
兄上から、何者かが姉上を狙っているかもしれないという話を聞いていた。だからこそ、姉上の周囲には気を配っていたのに。
直前まで気が付かなかったのだ。ぼくも、屋敷の誰も。
バートン公爵家には、当主たる「人望の公爵」を始めとして、人を疑わない人間が多い。騙されることを厭わない人間が多い。
それこそが他の家にはない強みであることは間違いないけれど……謀略知略の貴族社会というものは、それだけで生き残れるような生易しい世界でもない。
自然となのか、人望によるものなのかは分からない。
だけれど、バートン公爵家に仕える者には不思議と、主人がしないことを代行できる者が集まっていた。
彼らを守るためなら、手段を選ばない者が多く集まっていた。
ぼくも、養子という立場ではあるけれど――そちら側の人間だ。
信じることより、疑うことを選択する人間だ。騙されるより、騙すことを選択する人間だ。
だが、そのいくつもの目をかいくぐって、馬車に細工をした者がいる。
これは由々しき事態だった。
ぼくが気づけたのも、ほんの小さな偶然だ。
普段は馬車で移動しない姉上が、珍しく馬車を使うと言ったから。
ふと気になったのだ。たまたま何の気なしに、一応確認しておこうと思っただけだった。
ぼくの……血の繋がった父親が、馬車の事故で死んでいたから。
「車輪が外れたからといって、すぐに生死にかかわるようなものじゃない。崖を通るわけでもないし、ただ遅刻をするだけかもしれない。リジーだったら、自分で何とかしてしまうかもしれない。でも……もしものことがあったら、怪我をしていたかもしれない」
兄上の言葉に、頷いた。ぼくからしてみれば、姉上は自分のことに無頓着すぎる。
人よりずっと勘が鋭いはずなのに、自分が狙われていることには気づいていないようなのだ。
ぼくや兄上、それに友人たちが隠しているからというのもあるだろうけれど……たぶん姉上は、自分を守るということに慣れていないのだ。
いつも、ぼくや、兄上や……誰かを守ってばかりだから。
強くなりすぎて、自分自身を守らなくてはいけないような場面をほとんど経験してこなかったせいもあるかもしれない。
誰かのために、手段を選ばない。自分の身すらも顧みない。
だから姉上はいつも、危なっかしいのだ。危なっかしくて、目が離せない。
そんな人を守りたいと思うこちらの身にもなってほしい。心配するこちらの身にもなってほしい。
姉上の寝不足は、狙われていることを無意識下に感じ取っているために起きているのではないかと思う。
万が一寝首をかかれそうになったときに対応しようと、身体が浅い眠りしか取らないようにしているのだ。
規格外の姉上なら、ありそうな話だった。直接襲われたなら、おそらく返り討ちにしてしまうだろう。
でも、毒は? 馬車の事故は?
姉上ですら勝てないような相手が現れたら?
「ごめんね、クリストファー」
兄上が、ぼくに謝った。その言葉に、すべてを悟る。
「君に、つらいことを思い出させてしまった。出来れば、君を巻き込みたくはなかったのに」
ひどく悲しそうな表情で、胸を押さえる兄上。
ぼくなんかよりも、兄上の方がよほどつらそうな顔をしていた。
「ごめんね」
「いいえ、兄上」
ぼくは首を横に振る。兄上が謝ることなど、何もない。
「ぼくの家族は……兄上や、姉上。今の父上と、母上です。それを守ることが、ぼくの幸せです」
そう。むしろぼくは、よかったと思っているくらいだ。
それが、家族を守ることにつながるなら、姉上を守ることにつながるなら。
ウィルソン伯爵家の薄汚い血にさえ、感謝していた。
そのおかげでぼくは、気づくことが出来たのだから。
本編がシリアスムードの中で、全くシリアスじゃない小話を活動報告に上げました。
本編とは関係のないオマケですが、それでもいいよという方は是非ご覧ください。
(R3.6.8追記)活動報告にあった小話は本編中の「閑話」、または「番外編 BonusStage」に引越し済みです。





