21.どの意味でも手は出していない
ヨウから逃げて屋上で昼食をとった私とリリアは、連れ立って教室に向かう。
教室のある階につくと、廊下に王太子殿下とクリストファーが立っているのが見えた。
珍しい組み合わせである。学年によって教室のある階が違うので、この2人はこの階に用事はないはずだが。
「やぁ、リジー」
「殿下」
殿下がこちらに気づいて、軽く手を上げた。目礼して、リリアと一緒に歩み寄る。
「どうしてこちらに?」
「ロベルトからクラスでの様子を聞いてね、気になったものだから」
なるほど、ヨウは一応国賓扱いのはずだ。その様子を見に来たということだろう。
「クリストファーは?」
「そこで行き会ったんだ」
「ぼくはあねう……先輩が心配で。大丈夫ですか? 例の、しつこいって言っていた王子様。腹が立って手を出したりしていませんか?」
読まれている。義弟に完全に思考を読まれている。
今のところ、まだ出していない。訓練場での件は、試合だし合意の上なのでノーカンだろう。
私は鷹揚に「大丈夫だよ」と頷いておいた。クリストファーは少しの間疑いの色が滲む目でこちらを見ていたが、やがて納得したようだ。
「エリザベス! 置いていくなんてひどいデス!」
噂をすればこれである。
横合いから飛びついてきたヨウを、半身になって軽く躱す。
殿下とクリストファーが驚いた顔で、勢いあまって壁にハグするヨウを見ていた。
もう慣れてしまった自分が悲しい。
ヨウは恨みがましい目で私を見つめて態勢を立て直し、不満げに言う。
「ひどい……この前はあんなに激しくワタシを求めてくれたのに。ワタシ、足腰がガクガクになりマシタ」
「気色の悪い言い方をやめろ」
「せ、先輩!?」
「違う、誤解だ。どの意味でも手は出していない」
ものすごい勢いでこちらを向いたクリストファーを、どうどうと手で制す。
殿下は私たちの様子をちらりと横目で見てから、にっこり笑ってヨウに声をかけた。
「やぁ、ヨウ。学園には慣れた?」
「エドワード!」
ヨウがぱっと表情を明るくして、殿下に歩み寄り握手を交わす。
すぐ手を握るのは相手を問わないらしい。東の国の作法なのか、彼の個人的な性質によるものかは知らないが。
ヨウは機嫌よく両手を広げて、芝居がかった調子で高らかに語り出す。
「この国は素晴らしいところデス! ワタシに運命の出会いをもたらしてくれマシタ」
「へぇ」
「ね、エリザベス」
ばちんとウインクを投げてくるヨウ。そっと避けてリリアの背後に回る。
「そうだろう。私もここで運命の相手を見つけたからね」
負けじとこちらにウインクを投げてくる殿下。
そりゃあ殿下は見つけただろう。学園で、主人公を。
いい男からのウインク2連撃を食らったリリアがカチコチに固まっている。
可哀想に。尊い犠牲だ、やむを得まい。私は心の中で合掌した。
「姉上、ちょっと。どうなってるんですか」
「私が聞きたい」
小声で袖を引いて問いかけてきたクリストファーに、正直なところを伝える。
何がどうなってこうなっているのか、私にも分からない。
「お嫁に行ったりしませんよね!? ぼく、嫌ですからね!?」
「いやいつかは行くかもしれないが」
ちらりとヨウに視線を送る。王太子殿下に向かって私に対する過剰な装飾つきの賛美を語っているが、耳を滑ること、滑ること。
さしもの殿下もよそ行きスマイルが引きつっている。
「少なくとも今じゃないし、あいつじゃない」
「よかった……」
ほっと胸をなでおろすクリストファー。それはそうだ。あんな義兄は嫌だろう。





