19.その辺りはなんかいい感じになっている
迎えた訓練初日。ちょうど候補生の入れ替えの時期だったようで、私は新しく入った候補生たちを担当することになった。
訓練場の片隅にある掘っ立て小屋の一角を借りて――物置だった小部屋を整理してくれたらしい――騎士団の制服に身を包む。
候補生のものとは色が違うため、家で着替えるわけには行かなかったのである。
どのみち訓練で汗をかいたら着替えたいし、訓練場で着替えができるに越したことはない。
みすぼらしい見た目に反して中はなかなか綺麗で、ちゃんとシャワールームもあった。
私が知る限り、この世界には「聖女の祈り」というやつ以外に魔法らしいものは存在しないが、乙女ゲームの世界なので登場人物が不潔なはずがない。
ちなみに、ある程度の貴族が出入りするような場所はトイレも水洗だ。
その辺りはなんかいい感じになっているらしい。まぁ、この小屋ではさすがにお湯は出ないのだが。
濃紺の制服を着て鏡の前に立つ。手前味噌だが、なかなか似合っているのではなかろうか。
というか、やはり制服マジックというのは侮れない。着ただけで2割増しくらいに見える気がする。女子ウケがよいわけである。
さらに、濃い色のセットアップとブーツが縦長効果を生んでいて、実際よりすらりと背が高く見える。
今日は制服と合わせるために、わざわざ特注で作らせたブーツを持ち込んだ。
インソールを仕込んだシークレットブーツで、身につければ成人男性である教官たちともそう目線の高さが変わらなくなる。
実身長はといえば、12歳になってやっと170センチが目前に迫ってきたところである。
靴で盛るにしろ、攻略対象たるものやはり170は欲しい。順調に伸びてくれて嬉しい限りだ。
「準備はいいかい、お嬢様」
ノックとともに、グリード教官の声がした。私はドアを開き、教官たちと控え室で合流する。
他の教官たちは制服を着崩していて、きちんと着込んでいるのは私ぐらいだった。
グリード教官など、上半身はどう見てもインナーだろうというような黒のピチピチTシャツだ。
一目でどんなタイプ分かるようなキャラクター付けとしては成功している。私も着慣れてきたら、自分らしさを出していくのもよいかもしれない。
そこで脳裏に疑問がよぎった。「私らしさ」というのは、いったい何だろうか。
騎士、という要素を取り入れようと思って、気づいたらここまで来ていた。
だがここには騎士団候補生とその教官しかいない。つまり皆が皆、騎士の要素を持っているのだ。騎士キャラだけでは弱い。没個性だ。
もともと、私ももう一味くらい捻りが欲しいと思っていたのだ。騎士としてのあれこれを教える側になったことだし、そろそろそれを本格的に考えるところにきたのかもしれない。
「緊張してんのか? 大丈夫、子犬のしつけみてぇなもんだよ」
ぼんやり考え事を始めてしまった私の背を、グリード教官がばしんと叩いた。
何か説明をされていたような気もするが、聞いていなかった。聞いていなかったものは仕方ない。
習うより慣れろというのはよく聞くし、やってみれば何とでもなるだろう。
「すみません。少々自分探しを」
「自分探し? 若いねぇ」
私の返事に、教官たちはおかしそうに笑った。実際彼らよりは若いので、甘んじて受けておく。
私は肩を竦めて見せてから、笑っている教官たちを置いて外に繋がる扉を開けた。
「人に教えるのは初めてですが、まぁ、やってみます」
頼もしいな、という言葉が、私の背中に飛んできた。





