11.そんなの、決まってるじゃないか
「わ、わたしの場合、それほど強くはないみたいですし……もともと、誰彼構わずかかるようなものじゃないみたいです。と、当然ですよね。親兄弟に効いたりしたら地獄ですから」
「急にCER○指定が上がりそうなことを言うのをやめてくれるかな?」
「『血縁者』と『心に決めた相手がいる人』には通じないみたいなんです。純真無垢な聖女の存在が、愛し合う2人を引き裂くようなことがあっては、いけませんから」
「なるほど」
「真実の愛」とやらを重視する乙女ゲームらしいシステムだな、と思った。
婚約者がいるとか結婚しているとか、そういう対外的なものではなく、内在的な「心」なるものが制約になっているというわけである。
確かに、ゲームの中のロベルトとエリザベス・バートンの関係性は「心に決めた相手」と呼べるようなものではなかっただろう。
「あ、あと、いわゆるモブほどよく効くみたいで」
「逆じゃないのか?」
「ネームドの敵キャラには即死が入らない、というか」
「なるほど、分かりやすい」
道理で、クラスメイトの顔が溶けているのに、アイザックとロベルトはけろりとしていたわけだ。
アイザックはともかく、チョロさに定評のあるロベルトは、そういう催眠術的なものにかかりやすそうに思うのだが。
私の方がかかりやすいと言われると、彼より単純だと言われているような気がしていささか釈然としない。
「ほ、本当にモブだって言うなら、エリ様にはもっとがっつり効いていてもおかしくないと思うんですけどぉ……」
「効いてはいると思うよ。何度か心当たりがある」
「もっとこう、その。目がハートになって『リリアたんしゅきしゅき!』ってなるはずなんです」
「なってたまるか」
苦笑いしてしまった。
仮にその状態になったとして、果たしてそれは嬉しいのか?
それこそ100年の恋も冷めそうなものだが。
呆れる私を見つめていたリリアが、ぽつりと呟く。
「エリ様にわたしの魅了が効くってことは……まだ、チャンスはあるってことですよね」
「え?」
「ほかの誰かと、結ばれてないってことだから」
私は無言で無反応を決め込んだ。そりゃあ私には「心に決めた相手」なんてものはいないが。
だからって、それがリリアになるわけでもないだろうに。
どうしたら諦めてくれるものかと、彼女の琥珀色の瞳を見つめて思案する。
女らしくしてみる? ダメだな、あまり自信がない。
いっそヨウに靡いたフリでもしてみるか? ……いや、普通に私が嫌だな、それは。
もし今あっさり彼に靡いたところなど見せようものなら、他人から「男装していたけど本当は女の子扱いされたかったに違いない」とか邪推されそうだ。
男装しているご令嬢はそういうものだと思われてしまったら、全国の男装令嬢の皆さんに申し訳ない。いやいるのかは知らないが。
私は特に男扱いされたいわけでも女扱いされたいわけでもない。
強いて言うなら人間扱いはされたいところだが……御し易い人間として扱われるのは癪に障る。
「も、もちろん、魅了の力じゃなくて、本当に、わたしのこと……す、好きになって欲しいんですけど」
「おや、主人公っぽいことを言うね」
「だって、魔法で好きになったフリだけさせても、……き、気持ちが伴わなかったら虚しいだけじゃないですか」
「うーん。気持ちって結局、目に見えないだろう? 結果として目に見えて起きる現象が同じなら、そこに大した差はないと思うんだけど」
「……エリ様って、分かっているような顔しておいて、意外と分かってないですよね……」
「よく言われる」
その辺りはもう、考え方の差だろう。もちろん理解はしている。共感していないだけで。
「そ、そういえば。エリ様って、ロイラバは誰推しだったんですか?」
「ん?」
「だから、ゲームやってたとき、誰が一番好きでした?」
「何、急に」
「いえ、今後の参考に」
「参考……?」
私は首を捻る。リリアが黙って続きを待っているようだったので、肩を竦めてため息をついた。
やれやれ、彼女は何を言っているのだろう。
「そんなの、決まってるじゃないか」
リリアがごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「その時攻略しているキャラが一番好きだったよ」
「は?」
「え?」
彼女が聞き返してくるので、私も聞き返してしまった。
「え、リリアは違うの?」
「わ、わたしは王太子推しだったので……え? 普通、推しって出来ませんか? みんな見たけどやっぱり誰それが一番かっこいい! みたいな……」
「じゃ、エドワードしか攻略していないの?」
「いえ、隠しキャラのヨウも気になってたし、もともとスチルとか全部埋めたいタイプなんで全員全ルートクリアしました。あ、王太子の恋愛ルートと大恋愛ルートは何周も見ましたけど」
やはり予想通り、なかなかやりこんでいたらしい。
ますます不思議だ。王太子が好きならそのルートだけやっていた方が効率的だし、精神衛生上もよさそうに思える。
「それだと、好きでもないキャラをコンプのために攻略してるってことにならない? それは、本命に対しても他のキャラに対しても不誠実なんじゃないかと思うんだけど」
「ふ、不誠実……」
私の言葉に、リリアがよろりとよろける。
「そんな心持ちで乙女ゲーやる人います……??」
「ここにいるけど」
「げ、現実では不誠実なのに……?」
「それを言われると返す言葉がないなぁ」
笑いながら、私は立ち上がる。
だいぶ時間が経ってしまった。昼休みは昼食を取るための時間だというのに、散々である。
食堂のマダムに頼んで、適当にさっとつまめるものでも包んでもらうとしよう。





