10.あれは君のしわざだったのか
「私は裏があると踏んでるけどね。相手が本当に自分のことを好きなのかどうかくらい、接していたら分かるだろう。彼は『そう』じゃない気がするんだ。こう見えて、私は君に攻略されるために10年やってきたんだ。その辺りの機微にはかなり明るい方だと思うよ」
「こんなに『お前が言うな』なことあります?」
心外だ。
好みのタイプをきちんと答えられなかったのは確かだが、それは自分ごととして物事を考えていなかったからである。
他人のそういった機微に気を配る能力については、人並み以上だと自負している。
「ゲームどおり君に求婚していてくれたらよかったのに。私が彼なら絶対にそうする」
「お、おま言う……」
「私はほら、モブだし、一応悪役だから。でも彼は違うだろう。君のことを好きになるべくして作られた存在のはずだ。攻略対象のはずだ」
ここは乙女ゲームの世界である。
ここで暮らしてみて、実際に攻略対象と接してみて、彼らも一人一人が人間として生きていることは理解している。
だが、それでも「乙女ゲームの世界機構」というものが確かに存在していることを私は……私たちは知っていた。
あの羆が最たるものだ。イベントや設定、強制力。そういったものが、この世界にはあるのだ。
「他の攻略対象だってそうだよ。私の妨害さえなければ、きっとすぐに君を好きになっただろう」
「妨害と言えば、ま、妨害ですかね。……いろんな意味で」
リリアがすっと私から視線を逸らした。
彼女を攻略対象たちから横取りしたのだ。妨害と言わずして何だと言うのか。
「それがもともとの主人公と攻略対象ってものの在り方のはずだ」
「確かに、主人公だからって言うのもあると思うんですけど。わたしは『聖女』だからっていうのが大きいと思うんですよね」
リリアの言葉に、私は首を捻る。
ゲームの主人公は聖女だったからこそ学園に入学したし、聖女の力で攻略対象を助けた。
聖女だからこそ身分の高い彼らと結ばれることが許された。
だがそれは、「聖女だから愛された」と言うこととは違うのではないだろうか。
「せ、聖女の力に目覚めてから、いろいろ聖女のことを調べていて知ったんですが……教会の記録を読み解くと、どうも聖女というのは、治癒魔法的な『聖女の祈り』だけじゃなくて、いわゆる『魅了』の魔法が使えるみたいなんです」
「魅了?」
「だ、だって、おかしいと思いませんか? いくら美少女だからって、みんながみんな、ぽっと出の、庶民の普通の女の子のこと、好きになるなんて」
「ロベルトがチョロすぎるだけじゃないのか?」
「ロベルト殿下はチョロいですけど」
即答だった。おお、ロベルトよ。気の毒に。
「人間ですから、こう、好みってものがあるでしょう?」
「ああ。100点の顔だけど好みじゃない人と、顔が70点だけど好みドンピシャの人がいたらどうする? って話か」
「み、身も蓋もないことを……」
よく聞く言説を伝えてみたところ、若干引いた顔をされた。
時々リリアのツボがわからない。早く幻滅してもらいたいので、引いてくれるのは大歓迎なのだが。
「それを解決するのが、魅了なんだと思うんですよ。それなら、記録でやたらと聖女が美しく素晴らしい存在として描かれていることにも説明がつきますし」
「それ、どちらかというと聖女じゃなくて、魔女なんじゃ……」
「だから魔法だって言ってるじゃないですか。思うに、教会に与したものは聖女、異教徒は魔女、とか。そんな感じなんじゃないかと」
そう言われても、にわかには信じがたい話だ。
この世界はもともとファンタジー要素がかなり薄い。続編はもう少しファンタジー色が強かったが……無印のこの世界にある魔法らしいものは聖女の持つ癒しの力くらいだ。
突然魔法だなんだと言われても、ピンとこなかった。
「感じたこと、ないですか? わ、わたしを見ていてこう、何だか無性に愛おしく思えたり、頭がふわふわして何も考えられなくなったり」
「あれは君のしわざだったのか……!」
私は思わず膝を打った。
どうにもおかしいと思っていたのだ。
私は我が身が一番可愛い。自分の利益が最も大切だ。そのために10年、いろいろなことを積み重ねてきた。
多少の罪悪感は抱いたとて、そしていくら相手が絶世の美少女であったとて、目の前の女の子への情が我が身可愛さに勝るわけがないのである。
しかし、彼女を見ていて不意に、手放したくないと思ったり、私も彼女を愛しているのではないかという思いが湧き出ることがあった。
唐突に、何の前触れもなく。
どこか頭がぼーっとして、他のことに思考が行かなくなる。身体が勝手に動く。
そんな妙な感覚に、何度か覚えがあった。
そしてそのときの感情は、彼女から離れたり、他の物事に気を取られるとふつりと消えるのだ。
本当にそこに私の意志があるならば、一瞬で消えてしまうわけがない。
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