7.リップサービスの求婚
活動報告にちょっとした小話? 番外編? を書きました。
例によって本編を読む上では必要ない単なるオマケです。
それでもいいよ、という方はぜひ覗いてみて下さい。
本編は今回からエリザベス視点に戻ります。
(R3.6.8追記)活動報告にあった小話は本編中の「閑話」、または「番外編 BonusStage」に引越し済みです。
「今日は、転入生を紹介する」
ある日の朝。担任教師の言葉に、クラス中がざわめきに包まれた。
リリアが4月に編入してくることだって異例の事態だったのに、この10月にもなって転入生が入ってくるなどほとんどありえないことだ。
ちらりとリリアに視線を向けると、彼女は小さく首を振る。リリアも知らない展開のようだ。
担任教師の案内で、転入生が教室に入ってくる。
この国の人間と比べれば、少し浅黒い肌の男だ。長い黒髪をひとつに括って、背中に垂らしている。
狐目というのか、吊りあがった目をしているが、その唇がにっこりと弧を描いているので、きつい印象はない。
一見すると、人当たりがよさそうで、柔和そうな男だ。
総合的に見ると、どこか前世で言うところのアジア系の雰囲気がある。そしてとにかく、顔が良い。
彼の姿に、私は目を見開いた。おそらくリリアも、同じ顔をしているだろう。
「東の国からきましタ、ヨウ・ウォンレイと申しマス。東の国の第6王子デス。半年という短い期間の留学デスが、どうぞよろしくお願いいたしマス」
彼は両手の拳を前で突き合わせて、礼をする。
ヨウ・ウォンレイ。
隣国の王子であり……ゲームでは、すべてのキャラクターを攻略した後の、5周目以降のプレイでしか出会うことのできない、隠しキャラである。
つまり彼は……攻略対象だ。
身体を起こした彼と、目が合った。
「じゃ、ウォンレイの席は……」
ヨウが教師の隣を素通りして、私の席の横まで来て立ち止まる。
あれ。彼の出会いイベントは確か、いきなり初対面の主人公相手に求婚する、というものだったはず。
そこで止まるのは、おかしい。
「失礼ですが……聖女の席はもうひとつ後ろですよ」
小声で伝えてみた。
前にもこんなことがあった気がするが、何だったか。
やれやれ、また善行を積んでしまった。これは来世は安泰だな。知らんけど。
ヨウは私を見て、ぱっと表情を輝かせた。
「何と美しい方でショウ! ワタシはアナタと出会うために、こうしてここへ遣わされたのですネ!」
「は?」
彼が跪き、そして。
私の手を取って、口付けた。
「……はぁ?」
「麗しいお嬢サン。お名前は?」
「……リリア」
私は首を巡らせて、リリアに助けを求める。
「この方に聖女の祈りをお願いできるかな? 強めのやつを頼むよ。どうやら目を患っておられるようだ」
「ワタシの目はおかしくなどありまセン!」
「では問題があるのは頭ですね」
「ワタシはアナタに一目惚れしましタ! どうかワタシと結婚してくだサイ!」
結婚。
……結婚?
「リ、リリア!」
「さ、さっきから聖女の祈りをかけまくってるんですけど……効果ありません! そ、その人、正気です!」
私も大概だがお前もなかなか失礼なやつだな。
私だって年頃のご令嬢、リップサービスの求婚ぐらいされたこと……ないな。当たり前である。
ご令嬢に言う求婚まがいの台詞の引き出しは山ほどあるのだが、男性からお世辞で求婚を受けた際のうまい躱し方の引き出しがない。
答えに窮してしまった。
しかし、ご令嬢たちからの「バートン様が婚約者だったらよかったのに……」は割と頻繁にいただいている。
それと同じだ。同じように対応しようと、私はにっこりと彼に微笑みかけた。
「ありがとうございます。貴方のように素敵な方にそう言っていただけて、私も嬉し」
「ダメです!」
「もが」
突如背後から、誰かが私の口を手の平で覆う。
声からしてロベルトだ。私の背後を取るとは、なかなかやるな。
「先生」
アイザックの呼びかけで我に帰った担任教師が、ぱんぱんと手を叩く。
「はいはい、お遊びはそこまで。ほら、授業始めるから席につけ」
「お遊びではありまセン!」
「わかったわかった。楽しそうだね、どうも。授業後にやんなさい」
心底迷惑そうな教師に促され、ヨウが渋々と言った様子で私の手を放した。
さりげなく服で手の甲を拭う。
「鳶だ……」
リリアがぽつりと、大きな独り言をこぼした。
窓の外を見てみたが、鳥の姿は見つけられなかった。





