6.救急車だって、呼ばなければ来ません(リリア視点)
わたしの言葉に、すっと殿下の瞳の温度が下がった気がしました。
こわっ。内心震えあがります。怒った美人ってどうしてこんなに怖いんでしょう。
「わた、わたし、確かに振られました。で、でもそれは、ちゃんと告白したからです」
震えそうになる膝を励まして、恐怖を振り切って、負けずに声を張り上げます。
「だ、誰か言いました? エリ様に、すきだって。と、特別だって。付き合ってって!」
首を巡らせて、4人を見回します。皆、わたしからそっと目を逸らしていました。
わたしはふんと鼻を鳴らします。
そうでしょう、そうでしょう。誰一人、そんなことをしていないのです。
わたし以外は。
「それをしてないなら、貴方たちは一生、逆立ちしたって、わたしに勝てません」
現にエリ様は、彼らが自分をどう思っているかについてまったく気づいていないようです。
何だったら興味もなさそうです。
わたしもずっと違和感はあったのですが、乙女ゲーム的な事情によるものと判別がつかず、断定出来ていませんでした。
確信したのは最近になってからです。エリ様が気づかないのも無理はありません。
そう、「誰も告白していないのである!」というやつです。
救急車だって、呼ばなければ来ません。
「安全圏からちらちらヲチしてるだけの人に、勇気を出したことのない人に、同じみたいな顔されるの、ふ、不愉快です」
言ってやりました。目の前の4人から、怒気のこもった視線が降り注ぎます。
でも、そのくらいでは負けません。
いえ、実際のところめちゃくちゃぶるっていますけど。
心象風景としては、四神に囲まれたチワワですけど。
わたしの好きになったひとは、このぐらいでは負けないひとだから。
虚勢を張って、胸を張ります。
「ど、土下座して靴とか舐めたら、アドバイスぐらいしてあげますけど」
わざとらしく鼻で笑って見せます。挑発するように、小馬鹿にするように。
「わたし、エリ様と出会って、まだ、半年です。あなたたちは、もっと前からエリ様と出会っていたはず、ですよね? なのに、追いつかれて、追い越されて。それでも、まだそんなところにいるんですか? 集まって、傷の舐めあいして」
不思議と言葉がすらすら出てきます。
何でしょう。これはあまり、主人公らしいムーブではない気がするのですけれど。
「そんなんじゃ、また鳶に油揚げ、攫われちゃいますよ。なんて。フヒ」
最後まで言い切りました。はぁ、すっきりです。
途中から、まるで自分のものではないみたいに、口が動いた気がします。
苦々しげな表情でわたしを眺めていたエドワード殿下が、嫌味ったらしい様子を隠しもせずに言いました。
「きみ、リジーといるときとずいぶん態度が違うね。まるで別人だ」
「さぁ? みなさんだって、そうなんじゃないですか? エリ様の前では、見せたい自分を演じてるんじゃないですか?」
わたしの言葉に、誰も言い返しませんでした。
極論、人間なんてみんなそうです。
他人と接するときに、本当に「ありのままの自分」でいられるひとなんて、いるんでしょうか。
「そもそも、わたしがどんな人間か分かるんですかね? わ、わたしだって、分かってないのに」
目を伏せて、肩を竦めて返します。ふと気づきました。
ああ、これ、エリ様がよくやっている癖ですね。アイザック様とかロベルト殿下と一緒にいるときに、よく見るやつです。
ご令嬢たちやわたしには、絶対にやらないやつです。
呆れていますよ、というポーズです。
「とやかく言われる、筋合いないです」
「……『友達』に似て、ずいぶん性格が悪いようだ」
「……フヒ。そうかもしれません」
エドワード殿下の言葉に、わたしははっとしました。
そして、にやりと出来るだけ不敵に笑います。
なるほど。そうですね。それはあり得る話です。
エドワードルートなら、王妃にふさわしい女の子。
ロベルトルートなら、負けん気の強い女の子。
アイザックルートなら、賢く清楚な女の子。
クリストファールートなら、母のような愛を持つ女の子。
攻略対象たちがそうであるように……主人公も、どのルートに進むかによって少しずつ、彼らの影響を受けているようでした。
そうだとすれば、わたしの口から言葉がするすると出てくるのも納得です。
「だって、わ、わたしが選んだの……悪役令嬢ルート、ですから」





