77.大団円?
ぱきんと、木の枝が折れる音がした。
振り向くと、そこには呆然とした表情の攻略対象4人が立っていた。
リリアに集中していて気付かなかったが、追いついてきていたらしい。
「……リジー?」
最初に口を開いたのは、王太子殿下だった。
「聞き間違いじゃなければ、その……友達と言った?」
「? ええ」
殿下はちらちらとリリアのことを気にしながら、聞きづらそうに言う。
ああ、そうか。彼らからしてみれば、予期せず女の子が振られる場面に立ち会ってしまったわけで。
それはさぞ気まずかろう。
しかも私はきっと誰の目から見ても、リリアに好意を持って接していたはずだ。
そんな私がリリアを振るとは、誰も思っていなかっただろう。
「えっ!? 隊長は、リリア嬢に惚れていたのではなかったのですか!?」
約一名、話についてこられていない脳筋がいた。
振られたばかりのリリアへの配慮が皆無である。塩を塗り込むな。
「だって、だから、俺は、今日ファーストダンスに選んでもらえなかったら、きっぱり諦めて二人を応援しようと……」
「そうだねロベルト。いつまでも過去に囚われるのは良くないよ。有言実行できっぱり諦めるほうがきみのためだ。私は諦めないけれど」
「あ、兄上!?」
「ずいぶんと殊勝ですね。僕はたとえ彼女に恋人が出来ても諦めるつもりなどありませんでしたが」
「わぁ、怖い。一歩間違えばストーカーですよ。まぁ、一回もファーストダンスを踊ったことのない方の言うことなんて、気になりませんけど」
またキャットファイトが始まってしまった。昨年を思い出して、また頭痛がしてくる。
勘弁してほしい。
何故皆、私とのファーストダンスをそこまで熱望しているんだ。
まぁ、イケメン同士の顔が近いときの女子の反応は正直気持ちが良いし、ファーストダンスが一番インパクトも大きいだろう。
しかしそこまでして、女子にキャーキャー言われたいのだろうか。
私と違って素材が良すぎるほどに良いのだから、そんな小手先の技を利用する必要などなさそうなものだが。
もはや意地になっているとしか思えない。
「……あ、あの」
眼前で繰り広げられるキャットファイトに唖然としていたリリアが意識を取り戻し、私の袖を引く。
「わ、わたし、まだ諦めてません!」
「リリア?」
「絶対、ぜったい、バートン様に好きになってもらいます! 友達じゃなく、こ、恋人として!」
面食らってしまった。
ルート分岐はもう終わってしまった。そんなことを言われたって、私とリリアが恋愛エンドに進むことはこの先ありえない。
それは、ここが乙女ゲームの世界だと知っているリリアだって、よく理解しているはずだ。
これは、早めにネタばらしをしたほうがよさそうだ。あたら若い彼女の時間を私に費やす必要はない。
それによっては、彼女は恋人どころか友達になることすら撤回したくなるだろうが。
ずいぶん仲良くなれたと思っているし、出来ることなら同郷の者同士、本当に友達として仲良く過ごせたら良いとも思っている。
前世の話が出来るかもしれない人材を失うことは少々惜しいが、利用した側の私に文句を言う権利はないだろう。
むぎゅっと腕に何かが押し当てられた。視線を向けると、リリアが私の腕にしがみついている。
そして胸が当たっている。ちょっと拗ねたような表情と、涙で赤い瞳で、私を見上げた。
何ということだ。やわらかくていい匂いがして、顔が可愛い。
気を抜いていたところに突然全開の主人公力をぶつけられて、一瞬くらっときてしまった。
「な! はしたないぞ、リリア嬢!」
「い、いいんです! わたしとバートン様は、と、友達ですから! 女の子同士なら、このくらい普通です! ね、バートン様! ね!?」
「え? あー、うーん……」
暴力的なまでの可愛らしさを擁した上目遣いに、私は目を逸らして適当に相槌を打つことしか出来ない。
いけない。これは直視したら目が焼けてしまう。
「僕だって友達だ」
「ぼくだって弟です!」
「お、俺も!」
瞬間で地獄絵図が展開された。まとわりつくな、頼むから。
あと普通にいい匂いがするところが嫌だ。
「とりあえず全員離れなさい」
この場で一番偉い人の命令により、姦しかった一同が渋々と言った様子で私から離れた。
女装4人衆に一度に喋られると、視覚情報と聴覚情報の齟齬で脳がバグる。何故美女からイケボが聞こえるのだ。
確かに友情エンドらしくはある。攻略対象が一堂に会して、わいわいがやがやして終わるとか、いかにもそれらしい。
だが何かが違う。絵面的にはまるでギャルゲーのハーレムエンドだが、いや、もう、何だこれ。
よくわからないが非常にダメージを食らった気がする。
友の会のご令嬢たちが恋しくなった。遠慮なしにもみくちゃにされてみて初めて、普段の取り巻きの皆がどれほどいい子たちだったかを理解した。
借り物の服に口紅でも付けたら死ぬほど怒られそうなので、勘弁してもらいたい。
殿下はげっそりしている私に向き直ると、咳ばらいをしてから口火を切った。





