67.独り言
皆と別れ、私は踵を返して来た道を戻る。
ゲームでは、うっかりはぐれてしまったリリアが段差から滑り落ちて、足を挫くという設定だった。
適当なところで登山道を逸れて森に入る。
集中して、人の気配を探りながら歩き出した。
攻略対象たちは皆、山の中を必死に駆けずり回ってリリアを見つける。
だが、頭脳労働専門のアイザックでも見つけられるくらいだ。灯台下暗しと言うか、それほど遠くには行っていないはずだ。
だいぶ日が落ちてきて、木々の陰が黒々と地面に落ちていた。気温もぐっと下がってきたように感じる。
早く見つけて、戻らなくては。
訓練場の遠征訓練で、一応は野宿の心得もあるが――ちなみに、外泊許可が出なかったため私だけ夕飯後に一旦帰って早朝また出直す羽目になったので、実際は泊まっていない――やらなくて済むに越したことはない。
登山道から近いところを中心に、森の中を探してゆっくり歩く。
こういうとき、走っても何も得はない。出来るだけ自分の気配を殺して、森の中に溶け込むようにして進む。
そうすることで、周囲の音や気配をより鋭敏に感知できるようになる。
鳥の声、木々のざわめき、川のせせらぎ。それら以外の異質な音を探す。警邏のときに異変を察知するのと同じ原理だ。
微かに、異質な音を捉えた。
そちらに向かって歩を進める。近づくと、だんだんと音が声になってくる。ほんの小さな啜り泣きだが、女の子のものだと分かった。
私は声のする方に向かって駆け出し――程なくして、膝を抱えるリリアを発見した。
制服も顔も土で汚れているが、五体満足だ。
見覚えのある背景のとおり、近くには崖と言うにはたいした高さではないが、彼女がよじ登るのは難しそうな程度の段差があった。
「リリア!」
私が声を掛けると、リリアははじかれたように顔を上げた。
すでに涙でぐしゃぐしゃになっていたその顔が、また歪む。小さな啜り泣きが、大きな嗚咽になった。
彼女は駆け寄った私に向かって、手を広げる。私は彼女を抱き締めた。
「バートンさまあぁ」
「よしよし、もう大丈夫だよ」
背中をさすってやる。
リリアは私の胸に顔を埋めて、しゃくりあげながらぼろぼろ泣いていた。
誰かの涙と鼻水がしみ込んだ制服、侍女長に見つかったらまたお小言を言われる気がする。
「わ、たし、だ、誰も、助けに、こないんじゃ、ないかと、お、おもってぇえ!」
「そんなわけないだろう」
「だ、だって、攻略対象、誰も、好感度上げてないし……」
だんだんとリリアの語尾が消えていく。
リリアが言うくらいだから、ゲームでは「誰も迎えに来ない」という展開があるのだろうか。
ロベルトすら来ないという展開になったことがないので、普通にプレイしていたら見られない気がする。
彼女の大きな独り言に、私はいつもどおり聞こえなかったフリをする。
「……でも、来てくれた」
ぽつりとこぼれた、消え入りそうな彼女の呟きも、まとめて。





