61.リリア、言ってやってくれ
「あらあら、そんなことで言い争うなんて。所詮王太子殿下と比べればどんぐりの背比べだと言うのに……お可愛らしいこと」
「何ですって?」
「王太子殿下がバートン様と親しく過ごされているところなんて、あまり見たことがありませんけれど?」
「ふふふ……王太子殿下は『リジー』と愛称で呼ばれていますのよ! 他の方はそんなことなさらないではありませんか!」
「まぁ……!」
そうだっけ?
私は思わず首を捻ってしまった。
そもそも自分の呼ばれ方にたいして気を配っていなかったことに気づく。
隊長とかいう謎のあだ名は勘弁してほしいと思っているが、それ以外はエリザベスでもエリーでもリジーでもベスでもバートンでも、何でもいい。
呼ぶ側だってそんなこと、いちいち考えていないと思うのだが。
しかし、女の子というのはその辺りに敏感である。貴族令嬢ともなればなおさらだ。
そんな彼女たちが誤解してしまうような状態をそのままにしておくのは得策ではない。
今度殿下にやめてもらうよう言っておこう。
「ですが、バートン様は殿下のことをいつも『王太子殿下』と呼ばれていますわ」
「あら、そうですわね。アイザック様やクリストファー様、ロベルト殿下のことはお名前で呼ばれているのに」
「やはり、王太子殿下の片想いなのではなくて?」
「なっ! き、きっと2人きりの時には呼んでいらっしゃるはずですわ! 皆の前では体面を気にされていらっしゃるのです!」
「でしたら、ロベルト殿下だって! ロベルト殿下がバートン様に『たい……』と呼びかけて、苗字に呼び直されるところを何度も目撃していますわ」
「それは……たしかにそんなところを見たことがあるような」
「わたくしも」
目撃されまくっていた。
ロベルト、次の訓練はメニュー追加だ。
「あれは、2人きりの時の特別な愛称で呼びかけてしまいそうになるのを必死で誤魔化していらっしゃるのよ!」
「ですが、『たい』から始まる愛称というのは、一体……?」
「ずばり! 『大切な君』ですわ!!」
きゃーっとご令嬢たちから黄色い悲鳴が上がる。
私はといえばまたズッコケそうなところを自慢の体幹と足腰でなんとか踏みとどまった。
なんだ、それ。
もう何でもありじゃないか。
「さ、ささ、さっきから、何言っているんですか!?」
ご令嬢の剣幕にすっかり小さくなっていたリリアが、やっと声を発した。
リリア、言ってやってくれ。私と彼らの名誉のためにも。
「つ、つまり、あなたたち全員、カプは違えどバートン様左固定の過激派腐女子ってことですか!? ここでも腐女子が強いんですか!? そりゃロイラバだって人気カプとかあったけど、乙女ゲームなんだから、夢女子の人権ちょっとは認めてくれたっていいんじゃないんですか!? いつもいつも、夢女子を迫害して!」
私を勝手に左固定するな。
いや、違う。勝手にカップリングするな。
お前も何を言っているんだと問いたい。
オタク特有の早口で一気にまくし立てたリリアに、今度は取り囲んでいたご令嬢たちが首を傾げる番だった。
「ふじょ、? 何ですの?」
「BL……男の子同士の恋愛が好きな女子のことです!」
「男の子同士?」
「だいたい、ナマモノジャンルは気を付けないといけないんですからね!? 一人の暴走がジャンル全体にどれだけの迷惑を……」
誰がナマモノだ。
いや生物ではあるのだが。
しかし、ご令嬢たちにそういう目で見られているというのは、私としてはなんともメンタルの置き場に困る事態である。
意識して顔を近くして湧いてもらっているときとは違う気まずさがある。
大体、もとから私にも彼らにもその気もそのケもないのである。これ以上どうしろと言うのだ。
「ダグラスさん、何を言っておられますの?」
ご令嬢の一人が、不思議そうにリリアに問いかける。
そうだ、言ってやってくれ。お前は何を言っているんだと。
「バートン様は、女性ですわよ?」





