55.違う。お前じゃない。
活動報告に、公爵家の侍女長視点の小話を書きました。
例によって本編を読む上では必要ない単なるオマケです。
それでもいいよという方は、ぜひ覗いてみて下さい。
(R3.6.8追記)活動報告にあった小話は本編中の「閑話」、または「番外編 BonusStage」に引越し済みです。
「……ロベルト」
「……3人でしょうか」
「惜しいな、4人だ」
目当ての店に近づき、路地を折れたところで私とロベルトは立ち止まった。
隣を歩いていたリリアの手を取り、引き留める。
「狙いは聖女か?」
「……俺かもしれません」
「誰が護衛だと?」
「申し訳ありません」
「え? え??」
「リリア、私の後ろに」
そっとリリアを背に庇う。彼女は不安げに私を見上げていた。
「敵だ」
小さくつぶやく。リリアは息を呑み、ロベルトは頷いた。
警邏の騎士は帰ったが、ロベルトの護衛はまだ残っている。
にもかかわらず今仕掛けてくるということは、それほどの考え無しか……この程度なら突破できるほどの手練れか、だ。
私は護身用のナイフくらいしか手持ちがないが、ロベルトや護衛は佩剣している。
こちらの方が数でも勝っているし、まぁ、問題ないだろう。
路地にはいくつも木箱が積まれていた。ポケットに手を入れる。
先ほど立ち寄った店でもらったおつりの硬貨のうち、一番大きなものを手に取る。
このあたり、ノーブルでファビュラスとは言い難いので今後リリアの前では要改善である。
あと、うっかり忘れてポケットに物を入れたまま洗濯に出してしまうと侍女長にお小言をくらう。
硬貨を指でピンと弾き、近くにあった木箱の向こうに飛ばす。
ざっと砂を踏む音がして、木箱の陰から人影がまろび出てきた。
黒装束、体つきからして男。傭兵というよりか忍者然とした見た目だ。
果たしてロベルト狙いか、リリア狙いか。
姿を見せたということは。
「ロベルト、後ろは任せたぞ」
「! はいっ!」
交戦開始だ。
キンッと金属同士が触れ合う音がした。背後で、ロベルトの護衛と後ろから仕掛けてきた敵が刃を交差させている。
左右の屋根の上からも、人の気配が落ちて来る。
前方に姿を現した男が、一足で距離をつめて私の眼前に身を躍らせる。
こちらに軌道を見せないよう大きく振りかぶられた腕の先に、わずかに白刃が煌めくのが見えた。
その動きをかわすように半身をスライドさせ、身体に引きつけた脚を前方に踏みつけるように繰り出す。
相手も空中で身をよじるが、その程度の動きは私の自慢の長い脚の前では誤差である。
鉄板を仕込んだシークレットソールのブーツで、短剣を握ったその手を壁に縫いつけた。
男が次の動きを繰り出す前に、壁に着いた脚を支点に、相手の顎を思い切り蹴り上げる。
そのまま壁を駆け上がるように宙返りして着地、後ろを振り向きざま、脇を締めて掌底を繰り出す。
交戦中のロベルトに切りかかろうとしていた、別の男の頤にヒットした。
対峙していた男を伸したロベルトが、すかさず追撃をかける。
路地は狭く、横合いから現れた2人は建物の屋根から飛び降りてきたのだろう。予期せぬ襲撃に狼狽えてもおかしくはない。
しかしロベルトは自分が相手をした男をきちんと沈めて見せた。
息も乱れていないし、表情にも余裕がある。私が倒さなくても、もう1人にも十分対処できたのではないだろうか。
しかも目に見える敵を排除した後も、周囲への警戒を怠っていない。彼の横顔から油断や隙が感じられないのだ。
思わぬ形で弟子の成長を目にして、目頭が熱くなる。
立派になったな、ロベルト。もう誰にもチョロベルトなどと呼ばせないだろう。
呼んでいるのはおそらく私だけだが。
背後から護衛騎士が駆け寄ってきて、倒れた男たちを捕縛する。彼らも自分たちの役目はきちんと果たしたようだ。
「怪我はない?」
「は」
「はいっ!」
私が振り向いて問いかけると、ロベルトが元気にお返事した。
違う。お前じゃない。





