52.ナイスアシスト
「私のところに嫁いで来たいと言うものだから、丁重にお断りしたのだけど……」
「連れて戻って来たらよかったではありませんか」
「…………きみ、ほんとうに無神経だ」
恨みがましい視線を向けられたので、よく言われますと答えておいた。
西の国との関係は良好である。貿易相手としても一番大口の取引先のはずだ。
同盟国の第二王女、殿下の結婚相手としてはうってつけである。
私はこの国に永住するつもりなので、ぜひとも殿下には国の利益になるような結婚をしてもらいたい。平和で豊かな国、最高である。
しかし、王太子として国益を考えるのであれば諸手を上げて喜ぶべきその展開を、殿下がこれほど嫌そうに話すということは……よほどお相手が「難アリ」ということだろうか。
「『あたしが勝ったらお嫁さんにして!』とか言い出して」
「勝ったら?」
「武術に心得があったようでね」
何となく勝気なスポーツ少女を思い浮かべてしまった。確かにそういったタイプは殿下の好みではなさそうな気がする。
だが、彼は王太子である。貴族の結婚だって政略の道具なのだから、王族となればなおさら、結婚するのに好みだ何だと言えるものではないだろう。
「いいお話だと思うのですが」
「おかげでリハビリが1ヶ月延びてしまったよ。早く戻ってきたかったのに……あんなに一生懸命剣術の鍛錬をしたのは初めてだ」
思ったことを口に出してみたのだが、殿下は私を無視してぶつくさと文句を言っている。
帰ってきた彼を見た時の違和感に納得した。それで心なしか日に焼けて、体つきもしっかりしていたのか。
彼の言う「早く戻ってきたかった」理由というものに、私は1つしか思い当たらない。
乙女ゲームの開始に……リリアが編入して来る時期に間に合わせるためだ。
彼自身は乙女ゲームのことなど知らないだろうが、聖女が編入することを知っていた可能性は十分にある。
何しろ50年ぶりの聖女だ。興味を持っても不思議はない。
「私には、どうしても結婚したい相手がいるんだ」
考え始めたところで、殿下がそう言った。まるで私の頭の中が見透かされているかのようなタイミングである。
何やら意味深な表情をしている殿下の紫紺の瞳を見ていると、本当にこちらの考えていることが分かっているのかもしれない、という気にさせられた。
「……それは……」
「分からない?」
殿下が首を傾げる。実際のところ、この「分からない?」が意味するのは、「分かるだろう?」だ。
つまり、私の予想が正しいことを示している。
殿下が立ち上がり、私に向かって身を乗り出した。
その瞬間。
ガッシャーン!
大きな音がドアの外から響き渡る。
咄嗟に殿下を後ろに庇いながらドアを開けると、ロベルトが何やら箱をひっくり返していた。模造剣があたりに散らばっている。
どうやら、模造剣を箱に入れて運んでいる途中で手を滑らせたようだ。
「ロベルト……」
「すっ、すみません! 兄上に手合わせを頼もうと思って! 立ち聞きをするつもりは!」
ロベルトは私を見て、しゃんと背筋を伸ばしてから勢いよく腰を折った。
冷や汗をだらだらかいている。怒られると分かっているのだろう。
つかつかと近づき、仁王立ちで彼を睨んだ。
「貴様、私が教えたことを忘れたか?」
「い、いえ」
ロベルトは最敬礼のままで答える。
「模造剣であれ、真剣を扱うような緊張感を持てとあれほど言っただろう! 一歩間違えば貴様の足が無くなっていてもおかしくなかったんだぞ!」
「もっ、申し訳ありません!」
「早く片付けろ! その後城の外周10周!」
「サー! イエス! サー!」
訓練場にいるときのように返事をして、ロベルトが慌てて剣を拾い集める。
その背中を横目に見ながら、殿下に向き直る。
「ああ、殿下。すみません。ちょっと弟君を鍛え直してきますので、今日はこの辺で」
「え?」
「行くぞ、ロベルト!」
「サー! イエス! サー!」
ぽかんとする殿下を残し、ちょうど剣を拾い終わったロベルトを伴って執務室を後にする。
よし、うまく抜け出せた。これで殿下のお怒りも有耶無耶になったことだろう。
ロベルト、ナイスアシストである。
なな、なんと! またもレビューをいただきました!
すごい! やったー!
この場を借りてお礼申し上げます、ありがとうございます!
レビューをいただくということは「読んで面白かったから、誰かに勧めたいと思った」ということだと解釈しているので、作者的には「読んでくださった」だけでも嬉しいのに、さらに「面白い」と思ってくださって、その上「他の人にも勧めたいな」とまで思ってくださったのだと思うとにこにこが止まりません。
いつもありがとうございます!





