13.攻略対象というのはいい商売だ
「ありがとう、いただくよ」
手に取ったクッキーを齧る。軽い歯ざわりのクッキーは口の中でほろりと解け、バターの風味が広がった。
甘さは控えめで、素朴でどこか懐かしい味がする。
「すごくおいしいよ。ふふ、いくつでも食べられちゃいそうだな」
「あ、わ、た、たくさんあるので! よかったら!」
「本当? 嬉しいな、独り占めだ」
笑いかけると、リリアの顔がぽっと赤くなった。
おいしいものが食べられるし、微笑んだだけで喜んでもらえるし、攻略対象というのはいい商売だ。
ふと、背後に気配を感じる。
「わぁ、おいしそう。これ、リリアさんが?」
「……クリストファー」
リリアとふたりきりのひと時に、聴き慣れた声が割り込んできた。
「く、クリストファー様、ご機嫌よう」
「こんにちは、リリアさん」
きちんと挨拶をしたリリアに、にこりと人懐こい笑顔で返事をするクリストファー。
「こんなところで、どうしたんだ?」
「お散歩してたら、先輩の姿が見えたから。ねぇ、ぼくにもひとくち、分けてください」
あーん、と鳥の雛のように口を開けて見せる。
やれやれ、見た目はすっかり大人びてきたというのに、変なところがまだ子どもだ。
苦笑しながら、口にクッキーを放り込んでやる。
「んむ。……んん! バターの風味が効いてて、とってもおいしいです!」
「あ、あのー」
リリアが挙手していた。
しまった。せっかくもらったものをいつもの習慣で分け与えてしまった。
機嫌を損ねただろうかとはらはらしたが、彼女は不思議なものを見るような顔で私とクリストファーを見つめていた。
「お、おふたりは、どう、いった関係で……?」
「え?」
「あっ、い、いえ、すみませんすみません、す、すごく仲がよさそうだったから、その」
私は一瞬答えに窮した。
確かに入学したばかりの後輩と先輩、という距離感ではなかっただろうが、ここで「弟」と紹介していいものだろうか。
「先輩」に呼び方を変えてまでこの世界が維持しようとした、クリストファーというキャラクターの根幹に関わる事柄である。
ここで私が言って、いいものだろうか。
「あれ? 先輩、話してないんですか?」
クリストファーが、目をまるくして私を見る。
私が苦笑して誤魔化すと、彼は今度はリリアに向き直って、笑顔で言った。
「ぼく、先輩の弟なんです」
クリストファーが何故か自慢げに胸を張る。
「えっ!?」
「養子ですけどね」
「そ、そう、なんですね……」
リリアはしばらく私とクリストファーを見比べていた。
俯いて、何事かをぶつぶつと――今回は、小さな独り言だった――呟く。
そしてぱっと顔を上げて、私に言った。
「い、いいなぁ! わたし、一人っ子だから。兄弟がいるって、羨ましいです」
リリアの台詞に、私は舌を巻く。これは王太子殿下との会話で主人公が言う台詞だ。
非常に上手に軌道修正してきたなと思う。
さすが、勉強に全振りすればアイザックをしのぐ頭脳を持つ主人公。もともとのポテンシャルがチート級だ。
この台詞に、王太子殿下はどこか陰のある表情で「そうでもないよ」と返すのだが……
お兄様の顔を思い浮かべる。目の前の弟を見る。
もし私がそんなことを言おうものなら、罰が当たるだろう。
「うん、いいものだよ、兄弟って」
私は心の底から、そう答えた。





