10.ある種おいしいイベント
「バートン様!」
リリアと話していると、割り込むようにご令嬢に声をかけられた。
声の方を振り向けば、クラス内のご令嬢が勢揃いで、みんなどこかご立腹の様子で私を睨んでいる。
おお。これは、あれでは。
公爵家の方ともあろう者ガー、庶民の相手をするなんテー的な?
確か、クリストファーのイベントで似たようなものがあった気がする。
要するにリリアへの妬みだが、そこでクリストファーがリリアを特別扱いしていることが伝わってしまう、プレイヤーからしてみればある種おいしいイベントだ。
こういうとき、リリアの方に苦言を呈するパターンが多い気もするが……今回は私がお怒りのターゲットのようだ。甘んじて受けよう。
しかしリリアの立場になってみれば、特に悪いことをしたわけでもないのに妬み嫉みの標的になるというのは理不尽な話だ。
特にクラスメイト相手では、今後も気まずかろう。
ゲームの中のリリアは非常に素直で良い子なので「身分の低い自分が高貴な方に優しくされたからといって馴れ馴れしくしてしまった」なんて落ち込んでいたが、馴れ馴れしくしているのは大抵攻略対象のほうだ。
今回も悪いのは私である。怒りがこちらに向いたのは適切と言えよう。
ちらりとリリアの様子を窺うと、怯えた様子で私の後ろに隠れながらもその瞳には「イベント、きた!?」の輝きがちらついている。
うん、気にしていないようで安心した。
「どうしたのかな? 子猫ちゃんたち」
「バートン様は最近ダグラスさんにばかり構いすぎですわ!」
先頭に立っているご令嬢――確か、侯爵家のご令嬢だったか――に続いて、そうよ、そうよ、と他のご令嬢たちが口々に呟く。期待通りの展開だ。
うーん。これはなかなか気分が良いな。この世界のイケメンたちは常にこんな良い気分でいるのか。許しがたい。
ナンパ系イケメンの特権とも言える女子たちからの熱い好意に悦に入っていたが、次の言葉は予想外だった。
「アイザック様がどんな気持ちでいらっしゃるとお思いですの!?」
「うん?」
「ば、や、やめろ!」
見ると、ご令嬢の後ろでアイザックがおろおろしている。何故、ここでアイザックの名前が出る?
「お前たち、何を!」
「アイザック様が意気地なしでらっしゃるから、私たちが一肌脱ぐことにしたのです!」
おお、アイザックよ。ご令嬢に意気地なし呼ばわりされるとは情けない。
焦った表情のアイザックが、ご令嬢たちにぐいぐいと押されて私のすぐ前までやってきた。
さすがに紳士たれと教育されている令息だけあって――あと彼は女性が苦手なので――ご令嬢を払い除けるようなことは出来ないらしく、されるがままだ。
彼は何故意気地なし呼ばわりされているのか自覚があるようで、慌てたような困ったような、居心地の悪そうな顔をしている。
「バートン様、アイザック様がどんなお気持ちでお二人を見ていると思ってますの!?」
「は?」
思わず素で反応してしまった。ご令嬢たちは構わず続ける。
「お二人がお勉強会に行かれるのを見て、まとめたノートを持って寂しそうに後ろをついていって声をかけられるのを待ってみたり!」
「ダンスの授業だって、自分だってバートン様と踊りたいのをぐっと堪えてバートン様がダグラスさんとばかり踊るのを見守ったり!」
「ぐ、やめろ、やめてくれ」
「やめませんわ!」
「アイザック様は黙っていらして!」
アイザックが頭を抱えて呻いている。多勢に無勢、彼の呻きはご令嬢にぴしゃりと切り捨てられた。
「バートン様、ダグラスさんは確かに急に聖女になられて、慣れないことばかりですわ。誰かが助けてあげないといけません」
「でも、アイザック様がしょんぼりしていらっしゃるのは、これ以上見ていられないのですわ!」
「バートン様、アイザック様はお友達でしょう? どうか仲間に入れて差し上げて!」
どん、と背中を押されたアイザックが、私の目の前に1人歩み出る。





