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なろうラジオ大賞

飛ぶように売れた合い言葉を買う者

作者: 静夏夜


 風鈴に届く稲穂の波が木枯らしの吹くススキの草原へと移ろいゆく中、調査を頼まれた私は日本を抜け出し、とある期日を前に東欧の田舎町でホットケーキを頼んでいた。


 欧州も国により違うが、私の今居る東欧の国ではホットケーキは日本で言う処のパンケーキだ。


 くるみ等のナッツ類に数種類のチーズが溶け合う所に黒胡椒を散らし、メープルを垂らしてフォークとナイフを器用に使って巻いて頂く。


 樹の実と樹液の香ばしさをチーズの塩味と油脂が舌にまとわせ離さない。


 これこそが“きのみきのまま”にも思えて来る。



 いや、雨宿りに入った店だが観光を楽しんでいる訳ではない。


 実は、昨春この国で行われた舞踏会に仕事上の付き合いで依頼人も参加したらしく、そこで仲良くなったという御婦人から年賀状と称して封書が届いた。


 そこには、秋に逢うのを楽しみに待ってます。との一文と共に【ホットケーキ】が合い言葉と記されており、数週間前ギフトとして予約済みのホテルと旅券が送られて来た。


 問題なのは、依頼人はその御婦人と面識がなく、上司にも相談して確認したが仕事上の付き合いも無い。


 海外の事とはいえ貴族と資産家ばかりの舞踏会、どうしていいものか判らず会社を通して当社への調査依頼となった。



 バックパッカーで当国に来た経験を買われ私に回って来た仕事だが、紛争により町の至る所に弾痕が刻まれていた当時の雰囲気とはまるで違う。


 今は国を経済から立て直そうとする気概があり、壁にはペンキが塗られ立ち上がる人々の眼には熱がある。


 嘗ては、町の片隅からオルゴールが寂し気に響いていたが、銃撃から逃げようと必死に漕いでいた自転車も、今はペダルを漕ぐ顔に活気が見える。


 この国の惨状を見ていた当時、サバイバル・ゲームが流行りと伝える日本のニュースに呆れもしたが、それで儲けた金もこの国に流れて来ているのが現状だ。


 依頼人の商社と合い言葉に私は記憶を重ね、答えを見付けた。



 私が来た当時は終戦直後、救援物資の中にあったレーションのようなお菓子は、冷たいアルミ袋に入っているのにホットケーキと書かれていた。


 それが何処の国の物かは判らないが、食べる者の事など全く考える必要のない国で作られた物と解らせ、逆恨みに自身の置かれた不遇さをも気付かせてしまう。


 危険な手紙の可能性を考え、私は差出人のアジトを慎重に探っている。


 ホットケーキを注文する日本人の私に嫌気な眼を向け、冷めた何かを出す店主を探して……

■あとがき


 タイトルは米国で使われる慣用句sell like hot cakes(意味:飛ぶように売れる)と、売り言葉に買い言葉をかけ合わせ、商社が何処から仕入れたのかを暗に示すものです。

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― 新着の感想 ―
ナッツにチーズに胡椒にメープル……! パンケーキのトッピングが好みのやつすぎて、推理どころではなくなってしまいました(*´﹃`*)すみません笑 東欧行ったことないのですが、主人公からの視点や記憶なども…
冒頭のススキの草原の日本から、東欧へと向かいホットケーキを注文する主人公。「きのみきのまま」、とても面白かったです。そこから主人公が何をしようとしているのか、引きこまれてラストまで目が離せませんでした…
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