第09話 俺の作ったスープを飲みやがれ!【ラーパス視点②】
俺はラーパス・ボルダー。
ランゼルフ料理アカデミーの優秀な生徒だ。
――今はリクトの野郎と料理勝負をしている真っ最中だが……!
「ラーパスは減点! 知識不足、伝統を重んじていない――よって、二点減点です!」
し、審査員――グレゴリー夫人が俺の料理を味わいもせず、二点減点をしたぞ?
ハハハ!
あの婆さん、しょうがねえなあ……俺の料理の魅力に惑わされてトチ狂ったことを言い始めたぜ。
「フフッ、グレゴリー夫人。冗談がお好きですね」
俺は優しく言い、肩をすくめた。
一応俺は、レディーファーストの紳士だからな。
「俺の料理に落ち度があるわけないでしょう? まず味をみて――」
「黙らっしゃい!」
グレゴリー夫人は、ネズミを襲う鷹のような目で俺を睨みつけやがった!
こ、この婆ぁ……。
優しくしてやればつけ上がりやがって!
「減点の理由は、ミルクスープの表面! ――この黒い忌々しい粒は黒コショウですね?!」
は?
ナニソレ?
俺の白いスープの表面には、確かに黒い粒――俺が振りかけた黒コショウが浮かんでいる。
「ランゼルフお王国――いや、どこの高級料理店でも、ホワイトシチュー、ミルクスープ、クラムチャウダーの類には白コショウを使う! 黒コショウは見た目を悪くするのです!」
「は?」
「貴族の晩餐では、見た目も重きを置くのですよ!」
「てめ……婆ぁ……」
俺がグレゴリー夫人に向かっていこうとしたとき、パパ――ボルダー教頭が声を上げた。
「ふ、夫人! それは厳しすぎるでしょう!」
パパは困ったニヤけ顔を浮かべつつ、左隣のグレゴリー夫人に言った。
パパ、ナイス!
その勘違い婆さんを正しい道に導いてやってくれよ~。
「ん?」
そのとき!
轟音ともとれる滑車のような音が周囲に響いた。
観客たちは驚いて、調理場の出入り口のほうに目をやっている。
「な、何だ?」
「おい、見ろ! あれはドラゴンだ!」
「すげえ、本物だ!」
体長三メートルほどのオレンジ色のドラゴンが、檻に入れられて運ばれてきた!
おいおいおい……何の冗談だ?
「こいつにも君たちの料理を食わせてやってくれい!」
グローバッハ校長が笑って叫んだ。
こ、このドラゴンは校長のペットのドラゴンじゃねえか!
すると係員が勝手に、俺のミルクスープの皿をドラゴンの檻に入れた。
「おいっ! 許可してねえぞ!」
俺はあわてて叫んだが……。
「グアアアアアアアアア!」
ドラゴンの野郎、ほ、吠えやがった……。
こ、怖ぇええ……。
ん?
「クンクン……」
ドラゴンが俺のスープのにおいをかぎだしたぞ?
しかし!
げげっ! 俺のスープの皿から、プイと顔をそむけて眠ってしまった。
「こ、このバカドラゴンが……! お、俺のミルクスープを何だと……」
「ちゃ、茶番につきあってられませんな。さあ、ラーパスの料理を賞味しましょう」
パパはハンカチで汗を拭きつつ、あわてたように俺のスープをスプーンですくって飲んだ。
……ふう、ようやく、まともな審査が始まったようだ……。
「……うむ! これはいい!」
パパは味わいながら、まるで天が与えた捧げものだと言わんばかりに恍惚とした表情を浮かべた。
しかし、グレゴリー夫人の表情は曇ったままだ。
あ、あの婆ぁ……またしても何か言うつもりじゃねえだろうな!
「さすが我が息子、ラーパス! しっかりとした牛乳のコクが味わえるスープだ!」
「同感です! 入っている具は新鮮なタラやヒラメ、マッシュルーム!」
ランゼルフ王国料理長のピエールもスプーンを口に運びながら言った。
バカなドラゴンは眠かったらしく俺の料理を食わなかったが、人間には分かるってもんさ!
「海の幸の深い味わいが口の中に広がりますな!」
「……そうかしら?」
ピエールがそう褒めたとき……グレゴリー夫人が切り裂いた。
「具の魚はパサつき、小麦粉はダマになり、スープが分離している」
グレゴリー夫人は首を横に振った。
ちょっ……おい、待てや!
「この牛乳を使ったスープには、三つの悪魔がひそんでいるわ!」
「そんなバカな! しかも悪魔などとおおげさな!」
俺はコック帽を床に叩きつけ、グレゴリー夫人に詰め寄った。
「加熱しすぎです! 牛乳を焦って一気に加えている。小麦粉とバターの混ぜ方もあいまい……。こんなスープは悪魔でも飲まない代物でしょうね」
う、うるせえ、俺の料理は自己流なんだ!
俺は爪が食い込むほど拳を握りしめた。
婆さんに何が分かるってんだぁ!
「む……確かに、スープにはコクが出てはいる。だが……」
ピエールがハンカチで口をぬぐいながら言った。
俺はギクリと心臓が跳ねあがった。
「具の魚はパサついているな……残念ながら」
俺は背中に冷たいものを感じた。
あ、あんた、俺の味方じゃなかったのか?
「こ、これは料理人の腕は最高ですが、食材の保管場所が悪かったせいですよ!」
パパは気まずそうな顔をして、舌打ちして言った。
「――さあ、相手のリクトのひどい料理を食べてみましょう」
俺はハッとして素早く、左の厨房のリクトに注目した。
い、色んなことが起こりすぎて、すっかりあいつの存在を忘れていたぜ!
リクトは素早く三人前の寿司という奇妙な料理を、木の板――にのせて提出した。
「な、何なんだよ……あれは」
俺は呆然とするしかなかった。
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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