第07話 これが異世界の寿司だ!
『さあ、[クエスト①]の報酬を授ける! 受け取り日時は料理勝負直前――今すぐだ!』
ジョウイチの声が、俺の頭の中に響く!
そのとき、ガシャン、ドサッという音が俺の耳に入った。
「きゃあ!」
アイリーンが魔導冷蔵庫に俺のキャベツやトマトをしまおうとしていたが、声を上げた。
「どうした? あっ……!」
冷蔵庫の中に見慣れぬ食材が入っている!
魚の切り身1パック、ザリガニのような魚介類1パック……八匹!
そして横の食材のストック庫には、米らしき穀物5kg、そして二種の瓶。
「おや?」
いつの間にか、新品の調理器具が厨房の上に乗っている!
これが「異次元デパ地下」の報酬か!
「な、な、何だそりゃ? くっそおお! 奇妙な食材ばかり揃えやがって~!」
ラーパスは明らかに利き腕の右腕が震えていたが、無理にニヤけながら自分の厨房に戻った。
「さ、さあ、俺は予定通り、得意の魚介類ミルクスープを作るぜ!」
すると――。
「ワハハハ! 料理勝負か、面白いことをやっているな!」
突然、観客席の上段から太く厳めしい声が響いた。
――大貴族のようにきらびやかな服を着た、見知らぬヒゲのおっさんが立っている!
「あ、あのお方は! ダニエル・グローバッハ校長!」
アイリーンが叫び、観客も口々にざわめき始めた。
「い、いつ戻ってきたんだよ?」
「お、おい。あの校長先生だぞ、席を立たないと失礼だ!」
観客が全員席を立ち、拍手をして校長とやらをお出迎えし始めた!
「どうれ! 私の生徒の様子を見せてみい! ふーむ、おお? 君が噂のリクト君かね」
おっさん――校長は調理場に下り、巨体を揺らして俺の厨房にやってきた。
「ほほう、これは米か! こっちは? ふふん、珍しい! エビか」
こ、このおっさん……!「異次元デパ地下」の食材を知っているのか?
「ふーむ、まるで昔、我が国の料理界に彗星のごとく現れた男……ジョウイチ・サワムラのようだ!」
な、何だとぉっ!
ジョ、ジョウイチを何で知っているんだ?
「こ、校長! こ、こちらでご観覧くださいませ!」
ボルダー教頭を筆頭に先生たちがあわてて、おっさんを引き戻した。
俺はすぐにアイリーンを見やった。
「あ、あのおっさんが校長~? は、初めて見たぞ!」
「た、確か、半年、世界の料理学校を視察に行ってらっしゃったはず」
あ、あの校長、何でジョウイチを知っているんだ?
い、いや、それどころじゃない――今は気を取り直して調理に戻ろう!
――再び俺にピンチが襲ってきたからだ!
「お、俺は寿司の作り方なんて知らないぞ!」
しかし、俺の手がピクピクと動く。
俺の体が、料理を――寿司を作りたがっているんだ!
「ま、まず米を鍋で炊くぞ!」
俺はボウルに、400mlの水と二合分――余裕をもって四人前の米を入れた。
そして米を研ぐ――。
今は夏場だから約30分吸水させる……これでいいはずだが。
「こ、こんな食材の下準備、初めて見たわ……。これを後で魔導コンロで炊くのね!」
アイリーンが目を丸くして驚いていた。
だが、俺はひらめきの通りに、自分の感覚の通りに行動をしているだけだ。
「リクト……面白い生徒だ、のう、グレゴリー夫人」
グローバッハ校長とグレゴリー夫人が審査員席で会話している。
「あの後、恐らく炊いた米に、酢と砂糖、塩を混ぜるはずですわ。それがリクト――彼の目指す料理の完成形への一歩! それが寿司です」
な、何だって?
あのグレゴリー夫人って婆さん、寿司を知ってるのか?
「お、落ち着いてリクト! 調理時間には制限があるわ」
いかん――アイリーンの言葉でハッとなった。
「よ、よし! 米を吸水させる間にこのザリガニに似た――エビという食材を処理する!」
俺は思い切ってエビに調理バサミを入れ、殻をむき、背ワタを取った。
次にエビに竹串を入れ、熱湯で茹でる!
こ、これでいいのか?
「す、凄い! この魔物の子どもみたいな食材が、オレンジ色になったわ!」
く、黒かったエビが、茹でたら果物のオレンジのような色に変化した?
観客もざわめいている。
「あ、あの食材、色が変わったぞ!」
「見ろよ、面白ぇ! あんな鮮やかなオレンジ色になるなんて!」
お、俺だってかなり驚いたぜ……!
「リ、リクトの野郎……! 何がどうなってやがるんだ」
ラーパスは手に持ってたフライ返しをカツンと床に落とした。
「懐かしい。ジョウイチはエビを例の大会で使っていたな。エビは彼の故郷では『めでたい魚介類』であるらしい」
校長の声が審査員席から聞こえてきた。
な、何だよ、俺の知らないことばっかり話してるぜ。
「ええ。私の知っている限り、寿司とはあの炊いた米にエビなど、魚介類をのせた料理のはず」
「ほほう? こ、これはランゼルフ王国の料理の革命が起きるかもしれんぞ!」
グレゴリー夫人と校長の会話に思わず聞き耳を立ててしまう。
しかし、それを気にしている暇はなかった。
「つ、ついに米を炊くぞ!」
俺は吸水させた米を鍋で炊き、酢、砂糖、塩を炊いた米に混ぜた。
俺の前世のかすかな記憶によれば、これは「シャリ」というものらしい。
『調理時間、あと20分です!』
ま、魔導拡声器で放送部員による放送がかかった!
ヤバい! 米を炊くのに時間がかかっちまった!
ラーパスが俺たちの方を見て、包丁を厨房にガシガシ叩きつけながら叫ぶ。
「お、おい、ロブソン。あの奇妙な粒の食い物はなんなんだ?」
「わ、分かりません。だが多分、成分は炭水化物……パンと似ているのでは」
「ふ、ふん。だがどうあがこうが、残念ながら俺の勝ちは決まっている……ん? 何だ?」
「行くぜ! これを見ろ!」
俺は手に水をなじませ、右手の小指、薬指、中指で炊いた米――シャリを取った。
次にさっき茹でたエビを持ち、シャリの上に乗せる!
観客がドヨッとざわめいた。
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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