第05話 卑怯な策略からどう逆転する?
俺は少年掃除人、リクト・ロジェ。
今、俺とアイリーンは、一週間後のラーパスとの料理勝負に備え、とある場所を偵察しようとしている!
「よっしゃ、下調べといこうぜ! さっさと忍び込もう」
俺は「ランゼルフ料理アカデミー」横にある、「料理勝負スタジアム」大ホールを前にして叫んだ。
一週間後、ここで俺の料理人としての第一歩が始まるはずだ!
幸い、警備員は休憩時間らしく、誰一人いない。
「だ、大丈夫かしら」
アイリーンは不安げな顔だ。
「噂ではラーパスが、あなたの厨房に小細工を仕掛けているって……」
「ラーパスの野郎も料理人だから、誇りはあるだろう」
俺は胸と声を張った。
「だけど本当にそんな小細工をしたかどうか、今から確かめよう! ――とにかく勝負場所を下調べしないと始まらねえだろ? 行こう!」
「もう! ちょっと待ってよ」
アイリーンは眉をひそめつつ、周囲を警戒していた。
だが、俺は舐めていた……ラーパスの策略は甘くなかった!
◇ ◇ ◇
中はすさまじく広い!
でかい観客席が俺たちをぐるりと取り巻いている!
やはり警備員は一人もおらず、じっくり下調べできそうだ!
「うおおっ……こりゃすげえや。見ろよ、アイリーン」
中のホールは天井のシャンデリアに照らされていた。
料理勝負に使う大きな厨房が二つ並んで、まばゆく銀色に光っている。
とくに左の厨房は、俺を迎え入れているような気がした。
「左がリクト君の厨房よ! あっ……見て!」
な、何だ? 俺の調理器具置き場の鍋が、穴が空いてすごいボロだ!
お、置いてある包丁も、茶色く薄汚く錆びてるじゃねぇか!
「ひ、ひでぇ……。ん? なんだこりゃ?」
俺のまな板に、赤い粉末が撒かれている!
指で触れると、皮膚や喉に痛みを感じた。
「こ、こりゃ、デビルガイプシンじゃねえか!」
デビルガイプシン――「悪魔の唐辛子」はランゼルフ地方で最も辛い香辛料だ!
こ、こんなまな板で調理したら、舌が辛さで燃えちまう!
しかも俺の冷蔵庫内は空で、さっきのデビルガイプシンの粉末が撒かれている!
「この粉、教室のラーパスの棚に入ってたわ。最低最悪ね……」
一方、ラーパスの厨房は正常できれいだった。
魔導冷蔵庫の中は、新鮮食材が所せましと詰め込まれている――。
「おい、誰だ! このホールの入場は、試合当日まで厳禁だぞ!」
やばい!
警備員が二人、ホールの中に駆け込んできた。
俺はアイリーンの手を取って外に逃げ出した。
◇ ◇ ◇
ここは料理学校近くの喫茶店――「ジェラン」。
「くそっ! 噂はマジだったな!」
俺は拳をギリリと握り固めた。
悔しくて体中が震えた。
「もしあの唐辛子に気づかずに、厨房に立っていたら……!」
俺は厨房に撒かれた例の「悪魔の唐辛子」を思い出していた。
「俺は間違いなく負けていた……!」
俺は冷や汗が出て、額を手で拭った。
「……もう、ラーパスには絶対に負けられねえ!」
「私も、卑劣なことが大嫌いなの!」
目の前に座っているアイリーンも、勢いよくサンドイッチに噛みついた。
「料理を真剣に考えないなんて、信じられないわ!」
俺はこの勝負、絶対勝たなければならない!
俺みたいな奴隷民だって料理が作れることを、証明したいんだ!
「しかし、鍋もまな板もダメ、冷蔵庫も空……どうしろってんだ」
それに、「異次元デパ地下」の入り方、報酬の使い方……いまだに全然分からん。
どうやったら調理器具や食材を持ち出せるんだ?
――そのとき……ビコン! という聞き覚えのある音が響いた。
【隠しクエスト①:料理勝負のホールの潜入し、厨房を確認せよ!】
☆ ☆ ☆
【◇通知①:☆おめでとう☆隠しクエスト①をクリアしました!】
【◇通知②:クリア内容[潜入成功! 相手の卑怯な策略を確認!]】
【◇報酬:沢村丈一の記憶の一部が蘇る】
「インフォメーション・ウィンドウ」だ!
「『隠しクエスト』? すでにクリアしたってことか? さっき俺が『料理勝負スタジアム』に潜入したからか!」
「ね、ねえ、その光ってる板みたいの、何?」
ア、アイリーンにも「インフォメーション・ウィンドウ」が見えるのか?
そのときだ!
頭の中に不思議なイメージが、ランプの煙のように浮かび上がってきたのだ。
「な、何? ぼーっとしちゃって?」
アイリーンが驚いて、目を丸くして俺を見ている。
な、何だ? 頭の中に浮かぶこの奇妙な料理は?
「ま、全く知らねえ料理だぞ……! だが、イメージが広がっていく!」
そのとき!
俺は頭の中に電撃が走ったように何かに気づいた。
すぐに「異次元デパ地下」の在庫リストを確認した。
「エビ、マグロ……! そして米!」
俺はこの馴染みのない食材の名を見た瞬間、脳裏に映像が浮かんだ。
魚と穀物が合体した不可思議な料理だ!
「わ、分かったぞ! これはスシ――寿司だ!」
俺の頭の中に、「寿司」という言葉と形が浮かんだ。
ジョウイチ! そ、それを作れば勝てるのか?
「は? 何よ、そのスッシーって……」
「スッシーじゃない。寿司だ。俺のひらめきによれば、材料は魚と米だ」
「ちょっと! 私にも分かるように説明しなさいよ! ん? コメ……?」
アイリーンは訝しげな目で俺を見ていたが、すぐに膝を打った。
「あっ、き、聞いたことがるわ。東方でしか採れないレアな食材じゃないの。確か、小麦に似てる穀物でしょ」
「どうもそうらしいな。後はマグロという魚も必要だ」
「マグロ? 何それ、聞いたことがないわ。魚なら、タラ、ニシン、サケ……ウナギが有名だけど。――そのマグロなんてどこにもないじゃないの」
「それがあるんだ」
俺は静かにその言葉を口にした。
「『異次元デパ地下』に……!」
【作者・武野あんず からのお知らせ】
この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、次回以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
本作はすでに「全58話」まで書き終えており、毎日更新を予定しております。
どうぞよろしくお願いいたします。




