第04話 どんなことをしても勝負に勝つぜ!【ラーパス視点①】
俺はラーパス・ボルダー。
「ランゼルフ料理アカデミー」の教頭の息子だ。
「この料理学校で料理勝負を見せてくれる話は進んでいますか? 楽しみね」
教頭室のソファにお客――70代くらいの見知らぬ婆さんが座った。
上品だが、なぜか誰も逆らえそうにない厳めしい雰囲気がある。
「確かラーパスさん、あなたが料理勝負に立候補してくださったのよね?」
「え? まあ、そうだけど」
俺はピシリと背筋の伸びた婆さんの顔をみて、ため息をついた。
何なんだよ、この怖い顔の婆さんは……? 誰だ?
「お、おいっ! 敬語で話せ、ラーパス!」
俺の左隣に座っている親父がなぜかあわてだした。
「ラーパスさん、自己紹介がまだでしたわね。私はグレゴリー夫人と呼ばれているわ」
ん? グレゴリー? 有名人なのか、この婆さん。
「お若い方は私の名前なんか知らないわよねえ」
……ああ、なるほど、この婆さんが親父の言っていた「偉いお客」ってわけか。
そういや俺は、掃除人のリクトを勝負の相手に選んだんだったな。
「あなた教頭先生の息子さんなのね。オホホ、料理勝負は大丈夫かしら」
「は? 俺が料理で負けるわけがないんで!」
俺はムカッ腹が立ち、婆さんに言い返してやった。
俺があの奴隷野郎のリクトに負けるわけねぇじゃねえか!
「おっ、おい! ラーパス、口を慎め!」
親父は鶏の胸肉のような太い首に汗をかき、ハンカチで拭っている。
もう放課後だ、舎弟どもとナンパしに行きてぇのに、この婆さんの話が長すぎる。
すると……。
「この紅茶は王室御用達のロイヤルウォードね」
婆さんは紅茶をすすりつつ静かにつぶやいた。
――俺はギョッとした。
突如、婆さんの目がまるでスズメを狩る虎のような目になったからだ。
「砂糖は糖蜜入りの茶色いラージュシュガー。この深く甘いコクは黄金生乳……!」
こ、この婆さん、一口で茶葉と砂糖、ミルクを言い当てた?
そういやさっき執事が、この紅茶と砂糖、ミルクは特別だとか言ってたな。
……い、いや、この婆さんは、適当なことを言っているだけだ!
「勝負は魚料理でしたわね。……ラーパスさん、あなた、本当に料理の才能をお持ち?」
うっ……!
ま、また婆さんが虎のような目で俺を見た。
「若い人の料理勝負は胸が熱くなるわ。一週間後、楽しみにしています」
グレゴリー夫人とかいう婆さんは、上品にハンカチで口を拭い席を立った。
「お、おい、夫人がお帰りだぞ。生徒を校庭に並ばせろ!」
親父は横に立っていた執事にあわてて命令した。
グレゴリー……?
どこかで聞いたような名前だな……。
◇ ◇ ◇
「おい、ブローゲスト。会場はどうなってる?」
「ええ、坊っちゃん。厨房の準備は順調ですぜ」
俺は料理勝負の運営責任者、ブローゲスト・タイラーと料理スタジアムを見渡した。
ここは料理学校横の大ホールに設置された、料理勝負専用スタジアム。
料理人のための「戦場」だ。
「おお、良いじゃないか。でかいパンがいっぺんに100個は焼けそうだぜ」
天井には神々しく輝くシャンデリア、数千人が座って料理勝負を見下ろせる観客席。
そして銀色にまぶしく輝く、最新設備の厨房は二つある。
右は俺が立つ厨房、左はリクトが立つ厨房だ。
「……ロブソン、やれ!」
「はい!」
俺は舎弟のロブソン・アンダーソンに目配せした。
ロブソンは運んできた荷台から、穴の空いたボロ鍋と錆びた包丁、錆びたフライパンを取り出した。
学校の倉庫から持ち出してきたオンボロ調理器具だ。
「な、何するんで?」
ブローゲストは目を丸くしている。
ロブソンは左の――リクトの厨房に置かれた最新調理器具を荷台に乗せ、逆にオンボロ調理器具を厨房に乗せた。
「そ、それじゃリクトが料理を作れなくなっちまいますよ?」
ブローゲストは目を丸くして驚いている。
は? 当たり前だろ。リクトにまともな料理を作らせてたまるかってんだ。
リクトは金がねえから、調理器具は絶対に持参できないはずだ。
「あの奴隷野郎を皆の前で恥かかしてやる! このボロ鍋のせいで、あいつはスープひと匙すら作れねぇだろう。当日までこのままにしとけ」
「は、はあ。坊っちゃんがそう言うなら……」
ブローゲストは首を傾げている。
すると今度は新鮮な食材が、左右それぞれの魔導冷蔵庫に運び込まれた。
俺は舌打ちした。
「おい! リクト側の厨房には食材を入れるんじゃねーよ!」
「はっ?」
配送人の男が俺を見た。
「リクトの冷蔵庫に食材を入れるな! あの野郎が手にしていいのは塩と砂糖だけだ!」
「い、いや、しかしですな、坊っちゃん……。これじゃ、リクトが作れるのは苦い野草のサラダくらいですぜ」
ブローゲストは首を横に振っているが、それで良いんだよ!
この料理勝負は、俺が圧倒的に勝つためのショーなんだからな!
俺は高笑いが止まらなかった。
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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本作はすでに「全58話」まで書き終えており、毎日更新を予定しております。
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