第38話 アイリーン VS ゲルダ①
「グレゴリー料理アカデミーは最弱の料理アカデミーとして……完全閉鎖を要求します!」
ベクターの意味不明な言動……。
そして黒服たち――闇の晩餐と王立警察の睨み合いで幕を閉じた野外授業……。
闇の晩餐とベクターたち……ホワイトクラスとの関係にはまだ謎が残っている……。
◇ ◇ ◇
俺たちがエルサイド島からグレゴリー料理アカデミーに帰ると、すぐに「ブルークラス VSホワイトクラス」の戦いの準備が始められた。
さすが料理勝負好きのグレゴリー校長、素早い対応だ。
第一戦目は「アイリーン・ウィントール VS ゲルダ・ローバルフォード」……課題は「チーズ」!
◇ ◇ ◇
三日後、料理勝負スタジアムの右の厨房に、アイリーンと助手の俺――リクト・ロジェが立っていた。
俺はアイリーンにあわてて聞いた。
「おい、相手はベクターの妹だぞ。メニューは大丈夫なのか?」
「まかせといて! 勝つ自信があるわ」
アイリーンは胸を張った。
そして左の厨房ですまして作業を始めている、ゲルダを睨みつけた。
「ベクターの妹……! こらしめる必要があるわね!」
左の厨房にはあの黒髪の毒舌少女――ゲルダと、ドロシー・ローバルフォードという眼鏡をかけ痩せた白制服の少女が立っていた。
ドロシーはベクターやゲルダの姉だそうだ。
今回はゲルダの助手を務めるらしい。
『では、料理勝負を始めます!』
魔導拡声器の音声が会場に響いた。
い、いきなり始まったぞ!
「料理は美しさに宿る! 芸術なき料理はカス同然です!」
ゲルダは食材を取り出した……と思ったら手に持ったのは花束だった!
食材が花束だと?
花束の花だけを切り落とし、一枚一枚花びらを丁寧に取り外していく。
「これは食用花です! そして、あらかじめ用意していたこの美しき食材!」
あれは、オレンジ色の透明な板……?
いや、オレンジゼリーだ!
「ミリ単位の調整こそが、最高の口当たりをかもし出します!」
ゲルダはゼリーの板を包丁で切りはじめた。
閃光のようなスピードで手元が見えない……!
しかも切られたゼリーは見事なキューブ状に生成されており、どれも見事な1センチ角となっているようだった。
「やべぇ……。俺、ゲルダさんのファンになっちゃいそうだよ!」
「料理がきれい!」
「顔もきれいでかわいいなあ……」
観客の生徒たちはゲルダに魅了されている!
「ふっ、やるわね!」
だが、アイリーンは全然負けていない。
するとアイリーンは角型食パンを一斤、取り出した。
薄力粉を混ぜ、焼成温度を下げたパンの耳が柔らかく薄い食パンだ!
「どうするんだ、アイリーン? サンドイッチを作るのか?」
「違うわ! こうするの!」
アイリーンは食パンの中央を包丁でくり抜き始めた!
俺は目を丸くした。
「お、お前、何やってんだ? それじゃサンドイッチにならないぞ!」
「リクト、これこそがパン料理の完成形よ!」
アイリーンは中央を四角くくり抜かれた一斤の食パンを俺に見せた。
まるでパンの箱じゃないか!
「オホホホ、ビックリ箱でも作るつもりかしら――美や芸術からはほど遠い!」
ゲルダはこっちを見て、ピシャリと叫んだ。
「奇をてらったお遊びで逃げを打ちましたね! そうでしょう、アイリーンさん!」
「黙れっ! ゲルダ!」
アイリーンの怒声が会場に響いた。
ゲルダは相当驚いたらしく、ビクッと肩を揺らした。
「ふ、ふん。アイリーンさん! 怒鳴って脅かそうったってムダですよ!」
「さあリクト、中の具材の用意よ!」
ゲルダを無視して用意されたのは、玉ねぎ、キノコ、牛乳、コンソメ、小麦粉……。
これはホワイトソースの材料だな。
「そして重要な課題のチーズよ!」
チーズの種類はモッツァレラだ。
丸い形状のこのチーズは、包丁でハムのように切ったり、手でちぎったりすることができる。
「ミルキーで弾力ある歯ごたえが、この料理に特徴を与えてくれるわ。そして――!」
アイリーンは俺に何かを見せつけた。
長細くて黄色い、見たことのある食材だが……。
こ、これは――バナナだと?
「このエルサイド島から取り寄せた南国のバナナが、私の料理の決め手よ!」
「パ……パンのビックリ箱にバナナですって? た、単なるハッタリでしょう?」
ゲルダの花のように美しい顔は、一瞬にして鬼のように歪んだ。
その落差に、観客はどよめいた。
「で、では……ローバルフォード家直伝の技術を見なさい!」
ゲルダは一つ一つ丁寧に中力粉をこねて、それを魔導冷蔵庫に入れて休ませた。
パスタを作る気だな!
ん? おや……ドロシーがゲルダに耳打ちをしている。
「……そうね、分かったわ」
ゲルダはドロシーの言葉を聞いてうなずいている。
そしてボウルにリコッタチーズと粉チーズを入れ、バジルやチャイブなどのハーブ類と混ぜ合わせた。
そして塩、コショウで味を調整していく。
「この世のものとは思えない、見事なハーブの芳香だわ!」
ゲルダはうっとりした顔をした。
リコッタチーズやハーブはパスタの中身だと予想する……間違いない、ラビオリを作る気だ!
そして今度はレモンの皮、レモン果汁、塩、白ワイン、バターでソースを作り始めた。
「なんて美しいお料理なのかしら! さあアイリーンさん、私の料理に跪きなさい!」
「うるせぇええ! 殴るわよ!」
「は……ひいいっ!」
アイリーンの一喝に、ゲルダがたじろいだ。
おー……、女は怖ぇ……。
するとドロシーはメモ調を片手に、ゲルダに耳打ちした。
「ええ……。そう、私の最終兵器はこれ!」
ゲルダは一つの袋を取り出し、緑色の粉をボウルにぶちまけた!
あ……あれは!
ピスタチオの粉末……ピスタチオってエルサイド島でしか採れない希少なナッツだろ?
「な、何ですってぇ……? ラビオリにピスタチオ? な、何よそれ?」
アイリーンもさすがに頬をピクピク痙攣させた……!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
もし少しでも「面白かったよ!」「この先が気になるな~」と感じていただけたら、☆や「ブックマークに追加」で応援していただけると、とても嬉しいです。それが作者の元気の源になります(笑)
次回もぜひお楽しみに♪




