第34話 ベクターの罠とシヴェ・ド・サングリエ
『調理終了――各自、料理を審査員に提出してください!』
魔導拡声器で放送がかかった!
ついに勝負のときが来たか――。
『リクト・ロジェ組とベクター・ローバルフォード組が対戦いたします! 各組は対戦の準備を開始してください』
おっ? なるほど、俺やニコル、ポレットはベクターやガルダスと対決か。
これはグレゴリー校長が望んだ対決だろう。
そのとき――携帯端末の「WENDY」から、人工的に作られた軽い音が音が聞こえた。
「ん……? 魔導メールか」
魔導メールは企業の宣伝が多くて辟易するが……。
だが、俺は表示された最新のメールを見て愕然とした。
「……な、何だとぉっ!」
件名【ポレット・モリアーネの件】
『ポレット・モリアーネの身柄は預かった。返してほしくば、ベクター・ローバルフォードとの勝負に負けろ。さもないとポレット・モリアーネがどうなるか……分かるな?』
「う、うっそだろ……」
俺は急いで周囲を見回したが……。
ポ、ポレットがいない!
「わ、私のWENDYにもメールが!」
ニコルが俺に耳打ちした。
送り主は『pdqfa99ajoa』などと適当な文字列、文面にも差出人の名前がない。
ポ、ポレットが誘拐されたのはマジか……!
「ま、まずいぞ! 一体誰が……」
「おやおや、何かありましたか?」
ベクターがにんまりとした顔で俺を見やった。
お前なんかどうでもいい――本当にポレットがいない!
ニコルがあわてて、ポレットを探しに行った。
「お仲間が一人、足りないようですねえ?」
こ、こいつ……ベクター……?
「……て、てめぇ! 何か知ってやがるな!」
ベクターの薄暗いニヤけ笑いは、何かポレットのことを隠している――そう示しているようだった。
「リクト君、何を疑ってらっしゃるのです? もうすぐ審査開始ですよ?」
「ポ、ポレットはどこだ? お前、知ってんだろ……」
「ええっと……ポレットさんのことは残念でした、あはは」
「お、お前ええっ! 詳しく言え!」
俺は怒りにまかせてベクターの棟ぐらを掴んだ。
こいつは絶対、何か知っている!
「ポレットさんのことを先生に話したら、彼女の命はどうなるか……分かっていますよねえ? リクト君」
ベクターは自分のWENDYの画面を見せつけてきた。
ポ、ポレットの画面が映っている!
彼女の声が聞こえた……。
『リクト……私のことはいいから……勝負に集中して』
ポレットは縄を全身に縛りつけられている!
後ろには長髪の漁師たちがいる――こ、こいつら、禁足地で見た漁師か!
ポレットはどこかの部屋に座っているようだが……。
「な、何が目的だ? お前ら……!」
ベクターは悪魔よりも陰鬱な顔をしていた。
「僕の料理は最高です。君との対決は必ず僕が勝つでしょう。しかし、君を徹底的に叩き潰さないと僕の気が済まないんですよ」
「な、何だと? 勝負と何の関係が……」
「あれれ? 僕に手を出したら、ポレットさんが死んじゃいますよ~?」
俺が仕方なくベクターを引き離したとき、ニコルが帰ってきた。
泣きそうな顔をしている。
「ダ、ダメ! ポレットの行方を知っている生徒は誰もいないよ」
「せ、先生には言ってないだろうな?」
「う、うん。――でも、もうすでに審査が始まっているわ……」
俺は素早く「うな重」を、審査員席のグレゴリー校長やエミリア先生たちに提出した。
「ポ、ポレットのことは心配だが、目の前のことをやるしかねえ!」
俺はクスクス笑っているベクターを睨みつけた。
この勝負で勝って、ポレットの居場所を聞き出さないと……!
◇ ◇ ◇
「では、我々の料理から食べていただきましょう!」
ベクターは何食わぬ顔で、料理を校長たちに配膳した。
メールに『ベクター・ローバルフォードとの勝負に負けろ』と書いてあったが、どういうことなんだ……?
俺は後でこの意味を、嫌というほど知らされることとなるが……。
「あ、あれがシヴェ・ド・サングリエね……!」
ニコルが静かにつぶやいた。
「み、見て、あのソースの色!」
ううっ? ソースは毒々しい真っ赤だ。
しかし粗野な料理かと思ったら、そうではない。
イノシシ肉を食べやすいように格子状――つまりサイコロステーキの形に切ってある。
「こ、このソースは、イノシシ型魔物の血液が入っているのね」
エミリア先生が恐る恐るつぶやいた。
「でも肝心のお肉が問題ね。硬さ、匂い、味の観点がら厳正な批評をさせていただくわ」
エミリア先生がフォークでイノシシ肉を口に運んだ。
「あら! 柔らかい。肉質がしっかりしているのに、スッと噛み切れる!」
緊張感があったエミリア先生の口元が少しゆるんだ。
「これは……美味しいわ!」
一方……エミリア先生の右隣に座っているのは、見慣れない若い長髪の教師だが……。
「あ、あの先生はホワイトクラスの担任、ルドルフ・ドレック先生だよ! 今日の審査員長……!」
ニコルは不安気な表情で長髪の男性教師を見やった。
「……くだらん料理を食べさせたら我の舌が怒り狂う!」
長髪の男性教師は声を上げ、俺を睨みつけた。
「我の審査は、それこそリンゴの皮一枚すらも残らんぞ! 覚悟は良いな」
するとドレック先生は背筋を伸ばし、フォークで素早く肉を口の中に放り込んだ。
「うーむ……ふふ……美味い! さすが我が生徒!」
おや?
くそ……まあ、ベクターの担任だから、ヤツの味方するのは当然か!
「野菜の旨味、赤ワインの酸味、肉のボリューム感、そして血液のトロリとしたコクが口の中に広がっていく!」
ふん……ドレック先生は「舌が怒る」とか言いつつもベクターをべた褒めだ。
となると、厳しい審査を受けるのは俺……!
「血液のコクは例えればビターチョコレートの渋みや深みも感じる。しかし、野菜の甘味がそれをうまく打ち消している……。見事だ!」
「……ふむ」
ん? 一番左に座っているグレゴリー校長が俺とベクターの顔をじっと見ている。
「お二人とも、何か悩みごとがあるのですか? とくにリクト君……」
うっ……?
グ、グレゴリー校長は俺の不安を見抜いている……!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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