第31話 ベクターの策略【ベクター視点①】
僕はベクター・ローバルフォード……大貴族ローバルフォード家の御曹司だ。
グレゴリー料理アカデミーで最高のクラスといわれる、「ホワイトクラス」の学級委員長である。
「『ドラゴンフィッシュエキス』の製造はどうなっていますか?」
僕は漁師のボスである「ジャック・ドーソン」に聞いた。
ここはエルサイド島の「スキル研究所」こと、「禁足地」という場所。
その奥にある「ドラゴンフィッシュエキス」の工場の会議室だ。
「製造のほうは順調ですよ。儲かっています、ベクター坊っちゃん」
ドーソンは髭面で僕の好みには合わないが、まあ我慢して付き合ってやっている。
今は料理アカデミーの課外授業中なので、派手な動きはできない。
「僕は『闇の晩餐』に、今週中に100万ルピーを献上しなければならない。さっさと金を作ってくれませんか」
闇の晩餐は料理界の秘密結社で、月額100万ルピーという高額の料金を支払わなければ退会させられてしまう。
だが、会員になることで勝負も地位も将来も、すべてが有利になる。
「大丈夫ですよ、坊っちゃん」
ドーソンは静かに話した。
「ローバルフォード家からは、我が漁師たちは多大なる恩恵を受けておりますから。きちんと金は用意します」
「エキスの売れ行きはどうです?」
「一般人……とくに老人どもが騙されて買ってまさぁ。こんなもの飲んだって、プラシーボ効果があるだけなのに」
僕はドーソンの言葉に思わず笑い、噴き出した。
「一般人は情弱……肉にされる前のブタ並に頭の弱い生き物ですからねえ!」
「ドラゴンフィッシュエキス」は闇の晩餐がドラゴンフィッシュこと「ウナギ」のエキスを抽出し、難病にきくとふれこみで製造した詐欺健康食品だ。
一応、多少の精力剤にはなるが、単なる魚のエキスが難病に効くわけがない。
しかし僕も僕の親も、この詐欺商品の製造にかなり出資している。
「ブタ肉同然の一般人たちは、プラシーボ効果を十分に味あわせて、洗脳状態にすると良いですよ! とにかく僕には金が必要なんです」
「――大変です!」
そのとき、長髪の漁師――マックス・ヒューラーがあわてて会議室に入ってきた。
「エ、エキスのことが、すべてバレています! あのグレゴリー校長に」
「何? どういうことだ?」
ドーソンはあわてて立ち上がって長髪の漁師……マックスに声を荒げた。
「ドラゴンフィッシュエキスが詐欺商品だとバレているんです!」
「な、何だと? エキスの秘密を知っているのは『闇の晩餐』会員とエルサイド島の漁師たちだけだぞ!」
ドーソンが叫んだとき、僕は冷静になるよう努めた。
「まあ、落ち着いて。……グレゴリー校長ですか。あのババァ……いや、あの女はやっかいな相手です」
そしてゆっくり二人に告げた。
「だが、彼女は僕の一族がグレゴリー料理アカデミーの寮の建設費を全額出していることは、よく分かっているはず」
「し、しかし、あの婆さんから、一般人にエキスのインチキが伝わる可能性が高い……!」
マックスのあわてぶりはすごかった。
彼はいつも自信たっぷりで漁師のリーダーだが、ここまで青ざめるとはただごとではないんだろう。
「あんな大物にバレてるんじゃ、ドラゴンフィッシュエキスの販売が差し止められ、最悪、王立警察の立ち入りもありえる!」
「ふふ……。あのグレゴリー校長を、酒漬けにしたエビのごとく静かにさせる方法が一つだけある」
僕の発言に、ドーソンとマックスは顔を見合わせた。
「これから野外料理を作る課題がある。この課題で満点の料理を彼女に提出すれば、この話は黙殺されるだろう」
ドーソンは節くれだった太い指でハンカチを握り、冷や汗を拭いた。
「ほ、本当ですかい? ア、アカデミーのことはよく分からねえもんで」
「あの校長は料理の才能がある者だったら、どんな悪人でも絶対に認める……100%の確率で……! 悪魔だろうが死神だろうがね……」
僕が笑うと、ドーソンは腕組みをして首を傾げている。
「ま、まあ、坊っちゃんがそう言うなら……」
「もしもし、君かい? フェリクス・ダンクセン」
僕は新入生のフェリクスに、携帯端末【WENDY】で連絡をとった。
『あっ、ベ、ベクター先輩! あ、あのリクトのアホ野郎がまた、変な料理を作る気です!』
同じ「闇の晩餐」会員、フェリクス・ダンクセンのあわてた声が聞こえてくる。
僕はクスクス笑った。
「大丈夫……僕は『血にまみれた料理』を作るからね……」
『は? な、何ですかそれは? ヤ、ヤバい料理じゃ……」
「そこで君に頼みたい」
僕は通話の向こうのフェリクスに告げた。
「地元民と協力し、イノシシを一頭、殺してくれ」
『イ、イノシシを殺すって……? しょ、正気ですか?』
「禁足地にたくさんいるだろう。僕もすぐに野外厨房に行く。肉の熟成期間? そんなものは『スキル』で何とかなる」
僕は料理界の王子となる――そのためにはグレゴリー料理アカデミーを……内部から破壊する!
すべては闇の晩餐の主催者……リシャール・バルドーンを超越するために……!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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