第03話 異次元デパ地下、発動!
俺――リクト・ロジェの目の前の大鏡に、「サワムラジョウイチ」という謎の中年男が現れた。
「あ、あんたは何者なんだ?」
「俺は料理人だった。日本という国の、帝神ホテルの総料理長だ! お前が生まれる二ヶ月前にトラックにひかれて死んだが……」
ジョウイチは頭をかきつつ、苦笑いしている。
ニ、ニッポンって何だ? そんな不思議な国名があるのか? ホテルの総料理長?
ということは、この男には料理の腕があるのだろうか?
「そんなことより今、お前が見ている大鏡の話をしよう! この大鏡は、前世が映し出される魔法の鏡でな」
こ、この鏡、魔法アイテムだったのかよ?
「俺は死んだあと料理の霊界で、神様に『リクト・ロジェに転生しろ』と指令を受けたわけよ!」
信じられない言葉の数々が、ジョウイチの口から飛び出す。
「お前の頭にスープの知識が湧き出した理由を教えてやる。お前の前世の俺が、日本で料理をバカみてぇに勉強したからだ!」
「よ、よく分からないけど……。で、何をくれるんだって?」
「スキル『異次元デパ地下』だよ。だが、今の段階では貸し出すだけだ。試験を解いて『異次元デパ地下』を手に入れろ!」
その瞬間、俺の目の前に蜃気楼のような四角い穴が出現した。
大きめの肖像画くらいの大きさだ。
「入ってみろ」と誘われているような気がする……。
「ど、どうする……」
俺はごくりと喉を鳴らした。
「は、入ってみるか……」
俺は恐る恐る、その不思議な穴の中に入っていった。
◇ ◇ ◇
俺は思わず目を見張り唸った。
「うわあ……」
中はひんやりとし、純白に輝く部屋が向こうのほうまで広がっていた。
商品を陳列するらしき銀色の棚が約三十列、遥か向こうのほうまで無限に続いている。
よく見ると、天井や壁が自らおぼろげに光り、プラチナ色の粒子が宙を舞っていた。
『日本じゃあ、デパートっていうでけぇ商店の地下に、食料品がたんまり並べられている。それを【デパ地下】という!』
ジョウイチの声が部屋内に反響した。
「だから『異次元』にできた『デパ地下』なのか? となると、商品は?」
うーむ……。商品棚には何も並んでいないようだが――そのとき!
『リクト、これを見ろ!』
俺は驚いて目を見開いた。
ピコン、という軽快な音が鳴り、俺の目の前に光る板が浮かんだ!
板――文字板には、クリーム色に光る無機質な文字が色々書かれている。
『この【インフォメーション・ウィンドウ】に書いてあるのは、商品の在庫だ! 料理人に目覚めてぇなら、商品の在庫をしっかりチェックしろ」
お、俺が、料理人に目覚める?
俺はあわてて、目の前に浮かぶ「インフォメーション・ウィンドウ」を見やった。
【◇現在の商品の在庫◇】
【エビ 在庫1パック(8匹)】
【米 在庫1袋(5kg)】
【マグロ(赤身)在庫1パック】
【米酢 在庫1瓶】
【ショウユ 在庫1瓶】
商品は六種類、全部在庫が一つしかないの? 少なっ!
そもそも「エビ」「マグロ」「ショウユ」って何だ……? 食い物か?
俺が首を傾げていたそのとき!
『おい、アイリーン。いつになったら俺を受け入れてくれるんだ?」
「異次元デパ地下」の壁の向こうから、聞き覚えのある嫌味な声が耳に入ってきた。
ん……?
――その瞬間、俺はもとの「ランゼルフ料理アカデミー」の倉庫に立ちすくんでいた……。
◇ ◇ ◇
「え? 夢だったのか?」
ジョウイチの声はもう聞こえないし、大鏡の中にもいない、蜃気楼の入り口もない……。
「……そ、そりゃそうだよな。前世とか『異次元デパ地下』とか、この世にあるわけないもんな」
俺は情けなく苦笑いしながら、倉庫から廊下に出た。
ふと廊下の右を見ると、今までの夢心地が完全に吹っ飛んだ。
ラーパス・ボルダーたちがアイリーン・ウィントールと言い争っている!
「おや?」
再び軽快な音が鳴り、例の光の板――「インフォメーション・ウィンドウ」が出現した!
【◇クエストが発生しました!◇】
【クエスト①:料理勝負に挑戦しろ!】
【難易度:レベルD(☆)】
【報酬:「異次元デパ地下」の食材、道具類を現実世界に持ち出せる。自由に使用可能】
目の前の「インフォメーション・ウィンドウ」に新しい文字が出たぞ?
っていうか、「異次元デパ地下」って夢じゃなかったのか!
「クエスト①」って……? 何だ?
「ラーパス、やめてよ! ああ、嫌!」
ラーパスがアイリーンの肩にいやらしく手を伸ばした。
今は「インフォメーション・ウィンドウ」を気にしている場合じゃない!
「おい、やめろ! ラーパス! アイリーンが嫌がってるだろ!」
俺は怒鳴りつつ廊下を駆け、ラーパスの手を叩き払った。
周囲の生徒がざわめいている。
「何だぁ? 掃除人のリクトじゃねえか!」
声を発したのはラーパスの舎弟、ロブソン・アンダーソンだ。
「ラーパスさんに文句があるのかよ?」
俺の右頬に鈍い激痛が走った。
太ったロブソンの赤ん坊のようなまん丸な拳が、俺の頬に直撃したのだ。
しかし今日の俺は、痛みをこらえてアイリーンを身をていして守った!
「リクト君……」
アイリーンはすがるように、俺の右腕を柔らかく掴んでいる。
「リクト! お、お前、倉庫にいたのか?」
ラーパスは俺が倒れなかったから目を丸くしていたが、すぐに口角を上げた。
「そうだ……おい、リクト。お前に面白ぇ話がある」
「な、何だ?」
俺はラーパスの死神のような白い笑顔を見て、嫌な予感を感じた。
「今度、パパがこの学校にど偉いお客を呼ぶんだとよ。多分、政治家か誰かだぜ?」
「そ、それで?」
「そのお客は、この料理学校の生徒の腕が見たいらしい」
俺は話の続きを聞きたくなかったが、ラーパスは話をやめない。
「俺がこの学校を代表して、料理勝負を見せることになった。相手はお前だよ、お前!」
「は、はあ?」
「リクト、俺がお前を指名してやったんだよ。掃除人のお前なら簡単に勝てそうだからなぁ~」
その瞬間――!
【クエスト①:料理勝負に挑戦しろ!】
☆ ☆ ☆
【◇通知① ☆おめでとう☆ クエスト①をクリアしました!】
【◇通知② クリア内容[料理勝負を受けた!]】
【◇通知③「異次元デパ地下」の食材、道具類を現実世界に持ち出せる。自由に使用可能】
目の前の「インフォメーション・ウィンドウ」に新しい文字が出現した!
……ど、どういうことだ?
つ、つまり、俺はこの料理勝負を――受けたってことか……!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、次回以降もお付き合いいただけると嬉しいです。
本作はすでに「全58話」まで書き終えており、毎日更新を予定しております。
どうぞよろしくお願いいたします。




