第24話 エルサイド島の診療所
船が揺れ、俺の頭の中は真っ白になった。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ねえリクト! 大丈夫?」
「う……」
俺の耳元で聞き覚えのある声がする。
俺がぼんやり目を覚ますと、見覚えのない白い天井が見えた。
「ここ……は」
女生徒たちが俺の顔をのぞきこんでいる。
ええと……アイリーン、レイチェル、ミア……か。
な、何だ、いつものメンバーだな。
「うっ! 痛ぇ……」
頭に強い痛みが走ったが、俺は身を起こした。
ここは……どうやらどこかの医務室のようだな。
戸棚は薬ビンだらけだし、薬品の人工的な匂いが鼻の奥をついた。
「い、一体どうなったんだ? 船で何かに襲われたはずだ……」
「ディープゴンテだ」
レイチェルは腕組みをしながら、俺を心配そうに見つめた。
「でかいクジラ型の魔物が、私たちの高速船を襲ったんだ」
「そ、それは覚えているが……、そ、その前に……ここはどこなんだ?」
「エルサイド島の港町の診療所だ」
「お、お前たちはどうして無事なんだ?」
俺は頭痛をまだ感じつつ、アイリーンたちに聞いた。
「ディープゴンテは突進してきたけど、そこまで船に損害は与えなかったのよ」
アイリーンがそう答えたので、俺は首を傾げた。
「そ、そうなのか?」
「リクト、あんたは足を滑らせ、壁に後頭部をぶつけた……。それであんたは失神した」
「じゃ、じゃあ俺だけ、すっ転んで気絶したってことかよ!」
「そういうこと! 私たちは素早く船内に逃げ込んだから無事だったわ」
アイリーンやレイチェル、ミアはクスクス笑っている。
「あなたが寝ている間、頭部検査も行なわれたわ。たんこぶができただけだってさ!」
「ちぇっ、そうか」
俺は後頭部のたんこぶをさすった。
「で、皆は――宿泊する予定の保養所にはもう行ったのか?」
「……それが……ほら、窓の外を見て」
窓の外の港町では、俺たちのアカデミーの女教師、エミリア先生と、地元民たちが何やら言い争っている。
「おい! いい加減、あきらめて帰れ! 漁の邪魔だろうが!」
漁師の怒鳴り声がガラス窓越しに聞こえてくる。
と、とにかく何が起こっているのか、外に出て確かめるぜ!
◇ ◇ ◇
「おおっ……」
外の港町は、それはもう素晴らしい景色だった。
太陽を反射し、ダイヤモンドのように輝く青い海が広がり、青や赤、ピンクのカラフルな屋根の港町が視界に入ってきた。
潮の匂いが俺たちを包み、耳に心地よい風と波の音がささやく――。
「おい! 聞いてるのか? 先生よぉ!」
だが、突如として怒鳴り声が再び響いた。
「禁足地に行かれては困るんだよ!」
相変わらず、地元民の男漁師たちとエミリア先生が何か言い争っているのか聞こえた。
「あんたたちの宿泊予定地の『ファーガルン保養所』は禁足地の近くだろうが! 保養所には行かせられねえ!」
「我々は禁足地には行きませんよ! 信用してください」
「信用できないね! 学生なんてガキだろ!」
「信用してくださらないと困ります! 予定が入っているんですよ」
俺たち新入生の副担任、若い女性の教師、エミリア・ルメル先生が言い返した。
エミリア先生は眼鏡をかけた真面目な教師で、めっぽう気が強い。
後ろでは俺たちの担任、ボウハラ先生が渋い顔で腕組みをしている。
「別の学校の生徒だが、動画撮影と称して、携帯端末を持って禁足地で撮影しやがったんだ! ガキどもはやっちゃいけないことが分からんのだ!」
漁師の責任者が顔を真っ赤にして怒鳴っている。
余程頭にきているのだろうが、エミリア先生も負けてはいない。
「その学校の生徒と一緒にしないでください!」
つまり宿泊する保養所の近くには、足を踏み入れてはならない「禁足地」という場所があるらしい。
保養所に宿泊するということは、禁足地に近づくということ。
宿泊するのは常識知らずの最近の子どもだから、地元民にとっては信用ならないというわけだ。
「……申し訳ない。アカデミーとの連絡があり遅れました」
後ろの桟橋のほうから歩いてきたのは、グレゴリー校長だ。
「あっ、あんたは! グ、グレゴリーの旦那の……」
漁師の責任者は一歩後ずさりをして、グレゴリー校長を見た。
「何をもめているのです? ――ああ、禁足地のことですね」
「あっ、いや、それは……」
漁師の責任者やその他漁師たちは直立不動になった。
「言いたいことがあれば、どうぞ」
グレゴリー校長が眼鏡の位置を直すと、責任者たちは顔を見合わせた。
すると責任者はグレゴリー校長に対して、頭をペコペコ下げだした。
「い、いえ、禁足地が最近、荒らされているんでさあ。若いヤツらが動画を撮るとかぬかしおって……」
「どうもそうらしいですね。では、禁足地に入った生徒は1ヶ月の停学処分。我がアカデミーは、100万ルピーの罰金をあなたたちに支払う」
「えっ?」
漁師の責任者は目を丸くした。
「か、金をくださるんで?」
「ええ、100万ルピーでは足りませんか?」
「いやいやいや! グ、グレゴリー先生から、お金なんてとてもいただけませんよ!」
「あら? 遠慮なさらなくてもよろしくてよ」
グレゴリー校長はいたずらっぽく笑った。
グレゴリー校長と漁師の関係はよく分からないが、こうなると校長のペースだ。
「え、遠慮なんてしていません! お金の話は勘弁してくださいよ。ま、まあ気を付けるなら……どうぞ保養所に向かってください」
「そうですか? ではお言葉に甘えて」
「は、はい! グレゴリーの旦那にはだいぶお世話になりました!」
漁師たちは背筋を正して、まるでタチウオのような姿勢になっている。
「さあ、土産物を見ている生徒を連れてきなさい。保養所へ出発しますよ」
グレゴリー校長は何食わぬ顔をして、俺たちを見た。
相変わらず漁師たちは直立不動だ……。
グ、グレゴリー校長て一体、何者なんだ? このオバサン……?
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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