第12話 闇の料理組織「闇の晩餐」【ラーパス視点③】
俺はラーパス、ランゼルフ料理アカデミーの天才料理人だ。
――馬車の馬が嘶いている。
「ヒヒン!」
俺と舎弟のロブソンは馬車に揺られ、ランゼルフ地区の郊外に向かっている。
一ヶ月前、俺は運悪くリクトとの料理勝負に負けた……が、しかし!
あの勝負はたまたま、調子が悪かっただけだ!
「ラ、ラーパスさん、これから世界選手権の準優勝者、リシャール・バルドーンに会えるんですかい?」
俺の隣に座っているロブソンが興奮気味に聞いた。
俺の父親は料理の闇組織――『闇の晩餐」とやらの会員であり、俺も協会本部に顔を出すように言われた。
リシャール・バルドーンという男は「闇の晩餐」の主催者らしい。
「お、俺、バルドーンのファンなんですよ」
ロブソンはまだ興奮気味だ。
確かにバルドーン氏は三十八年前の料理世界選手権の準優勝者で、天才料理人ではある。
「そのときの優勝者は……」
俺は魔導 端末を操作して検索した。
「ジョウイチ・サワムラ……。誰だ、こいつ?」
だが、四十年弱の前の話だ。
くだらねえ。
◇ ◇ ◇
俺は「闇の晩餐」本部を目の前にして、思わずうめいた。
「こ、ここが本部だと……? 冗談じゃねえ……」
まるで魔王の城のように巨大で禍々しかった。
真っ黒な壁は煤けた鋼鉄のようで、悪魔の彫像がこっちを睨みつけている。
「お、親父はこんな協会と関係していたのか? 本当に魔王でも住んでそうだぜ……」
俺たちは屋敷の玄関で呼び鈴を鳴らすと、執事に大きな食卓に通された。
「ああっ!」
「う、うわあああ!」
俺とロブソンは思わず声を上げた。
巨大な円卓の上に、巨大な熊の死体が横たわっていたからだ。
でかい――しかも、国で捕獲が禁止されている青色熊の死体じゃないか!
「ようこそ、ボルダー氏の息子よ! 私がリシャール・バルドーン。世界を料理で支配する『闇の晩餐』の主催者だ」
口ヒゲの中年男が、俺の肩にミシリと掴むように手をやった。
顔がしわだらけの老人なのに、恐ろしく体がでかい!
バ、バルドーンがこんなに筋肉質の大柄な男だったとは!
「この青色熊は捕獲が禁止されている。しかし我が『闇の晩餐』はそんな法律など金で破壊する――禁断の料理を味わってくれ。――おい」
コックコートに身を包んだ青年たちが、熊を素早く解体していった。
「彼らは私の『従順なナイフ』たちだ。――熊はすでに首や心臓の動脈を切断し、血抜きしてある。これで肉の臭みは軽減される」
バルドーンは口ひげを指でなで、ニヤリと笑った。
青年たちは熊の腹部を切り裂き、内蔵を取り出した。
「この熊はすでに冷蔵して1週間程度、熟成させてある。……熊は殺せば従順になるからな。さあ、昼飯だ」
こ、このバルドーンって野郎……食べてはならない獣を俺らに食えというのか?
そもそも、熊なんて食えるのかよ?
◇ ◇ ◇
円卓に座った俺とロブソンの前に配膳されたのは、熊肉の煮込みだった。
「熊の赤ワイン煮込み――食ってみろ!」
バルドーンは俺を試すような目だ。
「くっ……熊の肉なんぞ野蛮な……」
しかし俺はバルドーンの威圧感に負けて、肉を口の中に放り込んだ。
ん……お、おや?
「おうっ……の、濃厚だ! ――う、美味い!」
俺の口から思わず漏れた感想がこれだった。
口の中で、しっかり煮込まれた熊肉のコクのある味わいが広がる。
牛に近い――懸念されていた野性味の強いクセのある臭いも、ほとんど無い!
「ヤベぇ……これ、肉なのか? 柔らかい!」
ロブソンは震えながら言った。
「赤ワインの豊潤な香りが鼻に抜けていく! トマトの酸味のおかげで、フルーティーな爽やかさが舌に残る!」
ロブソンが声を上げた。
た、確かに美味い。
とろりとした脂分の旨味が、舌を溶かしてしまいそうだった。
「い、今までの料理とは比較にならない……。う、美味かったです」
俺は思わず、バルドーンに敬語を使ってしまった。
「ほほう、君は味が分かるようだ。では父上と同じく、『闇の晩餐』に入会するのだな?」
え?
「世界の料理界を支配するには、若い料理人を排出する『グレゴリー料理アカデミー』を完全に潰し、手中に収める!」
――聞き覚えのない、甲高い少年の声が聞こえた。
いつの間にかバルドーンの隣に立っていたのは、16歳くらいの金髪の美少年だった。
「つ、潰すったって……。な、何だお前は?」
「僕は『闇の晩餐』の『料理執行人』のうちの一人。――ピエール・ダンクセンの甥、フェリクス・ダンクセンだ!」
「お、お前、あのキザな料理人の甥なのか?」
「フン、あの伯父は一族の恥だよ。料理の技量レベルが低すぎてね」
な、なんだと? ピエール・ダンクセンは王国副料理長だぞ?
りょ、料理の技量レベルが低すぎるだって?
「僕の役目は『グレゴリー料理アカデミー』に潜入し、スパイ活動をすることだ」
「お、お前、正気か?」
「そしてそのうち、学校対抗の料理大会が行われる。そのとき、リクトともども『グレゴリー料理アカデミー』を支配し、破壊する!」
バルドーンは俺の肩に手を置いた。
「我々は料理の世界の破壊神――次なる新時代の料理を見たくないか? ラーパスよ」
バルドーンは恍惚の表情で言った。
おいおいおい……こいつら、ヤベぇぞ……!
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