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真っ直ぐに自身の敗北を悔しがっていた冬美。
すると、徐々に周りが見え始め…。
「って、なにをしているのだ、部長っ!?」
…由美香が信也へと抱き着いているのを確認した。
「あ〜ら、なにをしているですって?そんなの見てわかるでしょう!!押し付けているのよ!!」
…防具をな…胴という…。
「なっ!?なんとハレンチなっ!!」
…いやいやいや…単に痛いだけでそんな色気があるもんじゃないぞこれ…。
「もっと押し付けちゃうわよ〜♪ゴリゴリゴリ〜♪」
……オイコラ、ゴリゴリって痛いってわかってやってるだろ…。
信也がむしろ迷惑がっているのがわからないらしい冬美はそれを焦った様子で止めようと…。
「や、やめろーーっ!!」
そう冬美がこちらに直線に来ようとして、立ち上がる瞬間、道着の裾を踏みズルリ。
バチンッ!
「〜〜っ〜〜っ!!」
そんなしっかりと冬美が慌てて転けた様子を見て、由美香はため息を吐くと信也から一旦離れ、冬美を引っ張って、こちらへと連れて来る。
「……はあ…やっぱり冬美ちゃんって、乗せられやすいわね…。」
信也はその言葉に妙な違和感を覚えていると、その答えを信也から離れて説明してくれる。
「まったく…冬美ちゃんったら…平常心よ。平常心!いつも言ってるでしょ?そんなんだから、毎回あの子に乗せられて負けちゃうのよ。」
「うっ…。」
あの子…それは冬美が中学生の時から、毎回のごとく負け続けている相手のことだ。
彼女の名前は綾辻沙也加。普段は黒髪ロングの綺麗な、落ち着いた様子のお嬢様なのだが、試合になると、野性的で絶え間ない攻撃を続けるという典型的なインファイター。
おそらく面をしていなければ、髪を振り乱しながら、襲ってくるのではないかと思うほどの荒々しさで、毎回、冬美はそれに押し負けてしまう。
「毎回、沙也加ちゃんのペースに乗せられて、体力切れでごっつぁんゴール…ううん、もうオウンゴールよね。それって…。」
「ううう……面目ない。」
相手は防具を着けた、試合の興奮状態で碌に息継ぎすることなく、2分以上も打ち続けることができる化け物だ。
そんな相手の気迫に、毎回、その意気や良しと真っ向勝負を選択する冬美。
それが由美香には勿体なく感じた。そもそも沙也加と冬美では、良いところというものが違う。沙也加は前述のように野性、冬美の良いところというのは…。
「今回は私の動き、ちゃんと見てたかしら?」
「……うっ…な、なんとなくは覚えているが…。」
「なんとなくぅ〜?」
そんな額に怒りマークを浮かべ、笑顔の由美香が恐ろしいのか…。
「ううう……し、信也くん、助けてくれ!」
信也へと縋り付いてくる。
「しんやん?」
「いや、なんで俺にまで怒ってんだよ。由美香。とりあえず落ち着け。」
「……ふぅ…まあ、そうね。平常心とか言ってる私が怒ってたら示しがつかないものね…。」
由美香は軽く息を吐き、話している内にカッカカッカとしてしまった苛立ちを抑え、落ち着きを取り戻すと話しを続け…。
「冬美ちゃんの良いところはひたむきにしてきた練習の成果を出すこと。つまり、冬美ちゃんが一番強いのは、落ち着いて、基本通りに面や小手、胴に正確に打ち込むことなのよ。」
由美香の言葉から、冬美は相当に真面目で練習熱心だと言うことがわかり、それを活かしてやりたいという由美香の気持ちもなんとなくわかった。
そんな風に由美香に後輩想いの優しいやつだなと信也が思っていると…。
「正直、私のやり方だとむしろ悪化させてる気がするのよね〜、そんなに構ってるわけじゃないんだけど…。」
…こんな風に即座に否定してみせ、なんでかしら?と頬に手を当てて考えるようにしている由美香に思わず額に手を当てた信也。
「……。(いや、絶対にお前の悪ノリのせいだろ。)」
そんな信也の咎めるような視線を感じたのか、わかってるじゃないと由美香は微笑み…そして、なぜか信也の方へと頼るような視線を向けてきた。
「…だからね、どこかにそんな指導ができる子がいるといいな〜なんて思ってるんだけど〜。チラッチラッ。」
やめろ、そのチラチラはうっとおしい。
「……なんで俺なんだ?」
「え?だってなんかできそうじゃない?」
…おいおい…根拠無しかよ…。
「まあ、敢えて言うなら、私へのツッコミかしら?あんなに落ち着いて、ツッコミをできる子は稀よ。まさにセンスあるツッコミ。ホントに才能あると思うわ♪」
…なんの才能だ…なんの…。
信也がまるで由美香の説得に呆れていると、今度は黙っていたナーシャがそれに加わる。
「確かに信也は今日、絡まれてるトキや、私が怒ってルトキも冷静デシタ。」
「そうでしょう、そうでしょうとも、私の目は節穴ではないのだよ、フフフフフッ。」
調子づいてしまう由美香。
すると、冬美までも頼るような視線で…。
「信也くん…。」
「うっ…。」
信也は由美香のような悪ノリにも見える、断ることができそうなそれではなく、冬美のあまりにも純粋なそんな視線に押され、どうにか力にならねばと思い、真面目に考えると、案外早く答えは出た。
あの最も頼れる人を頼ろうと…。
よくよく考えてみると、あの人は常に落ち着いているじゃないかと。
信也はすぐに、そんな人物がいることを議題に挙げると、由美香が冬美に早速会って来いとのことで、冬美は今日の部活を先に上がることになり、着替えに向かった。
しばらくして防具の匂いが移ったのを気にしたのか、シャワーを浴びて帰ってくると、仄かに上気した肌や微かに漂ういい匂いで信也の頬を軽く染めさせつつ、その人物を呼び出したところに向かう。
当然のごとく、ナーシャが付いてきたがったのだが、しぶしぶながら遠慮して帰ってもらい、普段信也たちがよく使う、待ち合わせ場所のカラオケ店へと向かった。




