1.2.1
信也たちが屋上にいる頃、春香はイライラしながら、学園に登校してきた。
空也たちもすでに登校しており、笑顔を貼り付け、軽く挨拶を交わす。それが終わるなり、視線だけジロリと信也の席に向ける春香。
すると、彼の席には、カバンが放り出されただけの状態となっており、すでに学園に来ているのはわかるが、どこにいるのかなど、春香にわかるはずもなかった。
「俺ちょっとトイレ。」
「俺も。」
と丁度よく空也たちがいなくなるのを確認すると、春香はすぐに先程まで浮かべていた笑顔を消し去った。
そして、ムスッとした様子で席に座り、カバンの中のものを机の中に放り込むように入れ始め…。
「…なにを!やってるのよ、あいつはっ!!」
春香は信也に用があった。それは急ぎの用件というわけではないが、片付かないと気分が悪いもの。
なぜそんなものが生まれたのかというと、それは昨日の夜に遡る。
―
「ただいま〜、ママ。今日のご飯何〜?」
リビングに入ると、秋穂はリビングでテレビを見ており、その姿はいつものナチュラルな化粧も落とし、パジャマ姿で、もうすでに寝る準備というやつができた様子だった。
「おかえり、春ちゃん。え?…だって、春ちゃん、夕飯いらないって言ってなかった?」
「え〜?そうだっけ?」
「ええ、『夕飯はわからない。』とか言ってた気がするんだけど…。」
「あちゃ〜…じゃあ、なんにもない感じ?」
「ううん、ビーフシチューの残りならあるけど?」
「やった!私の大好物!!ならそれ頂戴!!大至急でね!」
「はいはい。ならさっさと着替えてきちゃいなさいね。」
秋穂は呆れたように笑うと、仕方がないな〜という雰囲気で、夕飯の準備を始めた。
すると、春香と入れ替わるように、もう寝たと思った冬美がやってきて、冷蔵庫からレトルトのハンバーグを出して、暖め始めた。
「それどうするの、冬ちゃん?」
夜食かしらと頰に手を当てる秋穂。それに冬美はなんでもないことのように答える。
「ん?ああ…姉さんの分のハンバーグは食べてしまったからな。その代わりというわけではないが、これくらいしてもバチは当たらないのではないかと思ってな。」
「そうなの。うふふっ♪」
秋穂がそんなふうに笑うと、冬美はどこか居心地が悪そうにしていて…。
そんな姉思いの冬美へのからかいは、電磁調理器の温まったという合図によって、止められた。
「春ちゃ〜ん、できたわよ〜。」
「今行く~。」と2階から返事があったのを確認し、ビーフシチューをお皿に移していく。
程よく焼き上がった食パンを別の皿に乗せて、持っていくと、丁度春香が部屋に入ってきた。
「これこれ!これよ〜!ありがとね、ママ。」
「うん。あとそれだけじゃ、足らないから、レトルトだけどハンバーグを冬ちゃんが用意してくれてるから、それも食べなさい。」
「ラッキー!そんじゃ、早速いただきま〜す!!あむ!おいし〜いっ!!流石ママっ!!」
「はいはい、よく噛んで食べなさいね。」
「うん♪」
そんなふうに春香は夕飯を食べ始め、半分ほど食べたあたりで、冬美が暖めてくれたハンバーグも出された。
「ありがとね、冬ちゃん。」
「いい、気にするな。」
三瀬家では、夜遅くにも関わらず、そんな心温まる家族のやり取りが行われていた。
春香は気がつかないが、2人ともなんだかんだで、春香の帰りを待っていたのだ。
本当にいい家族だ。
子供や姉を思いやる母に妹。
春香はそんな2人が大好きで…。その空気の中にずっと居たいとさえ思っていた。
しかし、春香はそんな空気の中、その空気をぶち壊すようなことを発言しだした。
「冬ちゃんはいい娘だね〜。」
先に言っておくが、これは春香としてはあくまでも善意の行動である。決して、この時、冬美に悪意など持ってはいなかった。
春香はスプーンを置くと、冬美をまっすぐに見つめだした。それに冬美は疑問符を浮かべ…。
「?何をしているんだ、姉さん。せっかく暖めたんだ。さっさと食べないか。」
遠慮するなと、優しく笑う冬美。そんな冬美に春香は…。
「…そんなことよりもね。冬ちゃん、私、冬ちゃんに真剣な話があるの。」
「…そんなこと…。」
冬美が小声でこんなことを言っていたにも関わらず、春香はそのことに気が付かず、続ける。
「やっぱり冬ちゃんみたいな、可愛くて、いい娘に信也くんみたいなのは勿体ないよ。」
昼頃にも言われた衝撃発言。それをこの空気感の中で、春香は再び口にした。
一瞬、本気でイラッとした冬美。しかし、冬美は、念願だった信也との楽しい時間を過ごせて、今日はとても機嫌が良く、少し余裕があったからだろう。怒りを押し留めると、呆れたようにため息を吐いた。
「……はあ…またその話か…。」
「…お姉ちゃん、真剣な話をしてるんだけど…ね…。」
それに春香も同じように呆れたようにそう言い、そして、冬美の次の言葉を聞くと、早々に怒り始めた。
「こっちも真剣なのだがな、姉さんが思っているよりも。」
「……は?お姉ちゃんが思ってるよりもってなに?」
こっちは本気で冬ちゃんのことを心配してるっていうのに…。
「いや、すまない、姉さん。私の口が過ぎたらしいな。」
年下の冬美がそう大人になり、諭すように謝ってきた。
春香にはそれが…
……それがとても気に入らなかった。
「…だいたい冬ちゃんに信也くんのなにがわかるの?私、付き合ってたんだよ。アイツはホント!すっごく!つまんないやつなの!あいつのデート知ってる?公園を仲良く歩いたり、一緒に映画を見たり、とかホント欠伸が出るようなことしかなくて…。」
そう、春香が信也のことを語りだし始め…。
それを聞きながらも、冬美は我慢していた。
ここでキレたら、どうにもならなくなる。それが冬美にはなんとなくわかっていた。
でも…。
「…こんなこともあってね、遊園地で…。」
…でも、好きな男をつまんないだの、男としてどうだの、長々長々と罵倒。そして、冬美からすると羨ましくて仕方がないことをまるで後悔の塊のように扱われていることに、とうとう冬美はブチギレた。
「姉さんこそ…姉さんこそ!!信也くんのなにがわかるというのだっ!!」
信也は【シグマド】の【SHINYA】だ。彼がそれほどまでに、恋人である春香を大切に大切に、じっくりじっくりと恋という気持ちを育てて、甘酸っぱい時間を作ってきたというのに…この女は……。
【SHINYA】とそんな贅沢な時間の過ごし方をした?
ファンからすれば、そんなのいくら払ってでもやりたいって人がどれだけいると思ってるんだ!!百人?千人?いや、あの【SHINYA】だぞ!!普通にもっと、もっとだ!!それなのに…それなのに…ホント、コイツは…コイツこそわかってない!!
それからしばらく、口喧嘩。
十分ほど時間が経つと、どうにも収拾がつかないと判断し、秋穂が止めに入り、2人を叱る。
「2人ともいい加減にしなさい!!何時だと思ってるの!!」
「「っ!?でも…。」」
「言い訳しない!!」
ピシャリと一言に2人はようやく黙った。
「「………。」」
秋穂はまず冬美から叱りはじめた。
「冬ちゃん、言い過ぎよ。春ちゃんは冬ちゃんのことを思って言ってくれてるんだから、あんなに怒らないの!」
「……すまん。」
そう素直に謝る冬美の頭にそっと手を置くと、優しく撫でた。
「いい娘ね。しっかりと謝れて…それで、春ちゃん。」
「……なによ。」
すると、春香は不満しかないという様子だった。冬美を先に叱ったのはこちらの方が時間がかかると思ったから。
春香のその様子はまったく反省の色がなく、秋穂は言葉を聞いているうちに落ち着くと思い、叱りだす。
「……春ちゃんもあんまり冬ちゃんのことに干渉しようとしないこと!冬ちゃんも冬ちゃんなりに考えてるんだから。」
「で、でも…ママ…っ!?」
噛みつく春香。その唇に秋穂の人差し指が差し出され、思わず口を閉ざす。
ほんの僅かだが、そうされていると、少しだけ落ち着きを取り戻し、春香は聴く姿勢というやつになる。
さて続きを…と秋穂が話を再開し…。
そして、春香が耳を疑うようなことを言われた。
「春ちゃん、それに…信也くんって、春ちゃんが言うような悪い子じゃないと思うわ。」
「………え?」
春香には信じられなかった。秋穂がそんな事を言うなんて…。それよりなぜ信也のことを知って…。
「…いつ…。」
「?どうしたの、春ちゃん?」
「…いつ会ったの?」
そんなものは春香もなんとなくだが、わかっていた。
「え?いつって、信也くんに会ったのってこと?それなら今日、冬ちゃんが連れてきてくれて…。」
「……もういい……もういいっ!!」
「春ちゃんっ!!」
秋穂のそんな言葉もなんの静止とならず、春香は自分の部屋へと籠ってしまった。
秋穂も、冬美も状況が理解しきれなかったのか、そんな彼女を追いかけず…。
秋穂がそっとこぼす。
「…あの子…あんな子だったかしら…。」
「……。」
テーブルの上には食べかけのビーフシチューに、パン。そして、手を付けられず、すっかり冷めてしまったハンバーグが残された。




