4章 25話
今俺は走っている。それも猛烈なスピードで!
とある、変人に出くわしたからだ。そう、あの変な人と。
ことは早朝に起こった。
早起きして暇だったこともあり、城にあるという畑が気になったので興味本位で立ち寄ろうとした道中、とてもきれいな女性に出会った。女性の年齢を詮索するのは失礼にあたるのだろうけど、同年代でないことは間違いない。母と同じくらいの年齢だと思うが、妙に若々しい美しさがある。無理して若作りしているというよりは、思うままに生きた美しい姿がそこにある気がした。
なんだか、しばらくその人を見ていた。見とれていた……とはちょっと違う。なんていうか、その人、ちょっとおかしい。
薬草畑、トトが栽培していそうな薬草が並んでいる畑に入り、次々と嗅ぎまわっている。薬草を摘んで鼻に近づけて嗅ぐ、なんて優雅な仕草は見せない。己自身が屈みこんで薬草に鼻を押し当てて嗅いでいるのだ。薬草にとっては優しい行動だが、自分に優しくない。彼女のように育ちが良さそうで美しい女性には特に。
たまらず、声が出た。
「あのっ、なにをなされているのですか?」
「え?なにって……薬草を嗅いでいるのだけど?」
こっちがおかしいみたいな言い方をされてしまった。つまり、彼女の中では薬草を嗅ぐ行動は普通であり、それに対して疑問を抱く俺がおかしいと。
「そ、そうですか。なぜそんな体勢で嗅ぐのですか?あまり淑女のとるべき行動とは思えません」
「わたくしほど長い間淑女をやっていると、これくらいのこともやっていいのですよ。あなたはまだダメよ」
レベルの問題?貴族としての経験値がまだ低いとでも?
「まだ知らない情報でした」
「そうでしょ?ここだけの話よ?」
このステキな話は広げてはいけないらしい。広げるつもりもないけど。広げても流行らないだろうけど。
「薬草がお好きなのですか?少しばかりですが、私も詳しいですよ」
「あら、薬草はぜんぜん好んでおりませんわよ。むしろ、この畑は敵の陣地的な感じですわ」
全然話が見えてきません!
「ではやはり、何をされているのですか?」
「だから薬草を嗅いでいるのですよ?」
話が進まない!
「……この畑が敵陣ってことは、もしかして敵情視察でもなされているのですか?自分の薬草と比べたりして」
「ふふっ、よく焦れたりせず導き出しましたね。でも半分だけ正解です」
俺を焦らしている自覚があったんだ……。それはそれでどうよ。この華麗な変人に絡んだ俺が悪いんだけど。
「ここの薬草たち、育ちが凄くいいの。育てている者に素直にコツを聞いてもいいのだけど、悔しいじゃない?だからこうして早朝に秘密を暴いてやろうとこうして来たのよ。ちなみに、わたくしが育てているのは薬草じゃありません。もっと美味しいものよ」
「そうか、あなたが育てているのは野菜たち。てことは、ツキミさん??」
ようやく彼女が顔を向けてくれた。
顔を正面からまじまじと見ると、あの人の面影がある。あるっていうか、ほとんど同じっていうか。そのまま歳をとったらこうなるんじゃないかというような。
「エリザのお母さん……?」
「ええ、そうよ。そういうあなたはクルリくんだよね?」
「知っているんですか?」
「もちろんよ。娘からの手紙の半分があなたの情報なのだもの」
「そ、そうなのですか……」
反応に困る情報だ。ちょっと照れ臭い。……めちゃくちゃ照れ臭いぞ。きゃっ。
「エリザのこと、大事にしてくれてるの?」
「大事も何も……そんな関係でもないですし。友達?そう、友達としては非常に仲良くさせてもらっています!はい!!」
「そう……おともだちね……」
目を細めて距離を詰めてこないで!そして顔を近づけないで!なんか見透かされる気がする!
汗が止まらないし。ちょっ、近いんですけど!!近い近い近い!
「イジメるのはこのくらいにしておこうかな」
「はは、ありがとうございます……」
イジメてる自覚があったんだ。ありがとうございますって、なんで感謝してんだよ俺。
まずい、この人かなりの曲者だ!ほんと、変人やってる年季が違うって感じがするよ。
「クルリくん、今暇でしょ?ちょっと手伝って」
「いいですよ。ツキミさんがやっている畑を見に行くところだったのですが、大した用事ではないですから」
耳を引っ張られた。いてて、生意気言ったらダメな人だ。
「あなた薬草には詳しいでしょ?なら一緒に秘密を探って」
「匂いだけでわかるほどには達者じゃないですけど……」
「いいから!」
二人で地面に屈みながら嗅ぎまわった。ここの薬草の育ちがいい秘密?んなのわかる訳ものない。ああ、土の匂いがするなぁとか、この薬草ツンとくるなぁくらいのものだ。
「どう、わかった?」
「いや、無謀ですよ。素直に聞きに行きましょうよ。嫌なら俺が聞いてもいいですよ」
「ダメよ!これは戦いなのよ。敵将に兵の強さの秘密を聞く馬鹿な人がいる!?」
なにその例え……。ライバル意識があるのか?
太陽の当たり具合がいいとかじゃないの?
「あっ!ツキミさん、今嗅いでいる奴、食用として食べられますよ」
「ん……?」
「それ、薬草に詳しい友達がよく小腹が空いた時にかじってるやつです。ポリポリして美味しいらしいですよ」
ビニールハウスに行くと、よくトトがポリポリポリポリかじっているのを見たことがある。美味しいの?って聞いたら、まぁ……普通だね。って言われるけど、美味しいことにしておこう。
「あら、それはいいこと聞いたわ」
ツキミさんは茎をぽきりと折った。続けざまにもう一本。その薬草を手に持つと、ニヤリと笑ってこちらに顔を向けて来た。
「食べるわよ。それで秘密がわかるかも」
「もともと泥棒っぽかったけど、本物に成り下がったじゃないですか」
「いいの、いいの。この間人参を分けてあげたから、これでイーブンね」
イーブンかどうか知らないが、俺としては罪悪感が上回っている。
「食用として食べられるって、じゃあなんで薬草なのかしら」
「薬草として使うには特別な処理が必要らしいですよ」
「へぇー……」
ツキミさんが、この子意外と使えるわねって感じで見て来た。俺の勝手なイメージであって、その感情が真実かどうかは知らないが、たぶん真実だ。
「じゃあ、厨房へ向かうわよっ」
そこからの行動の機敏さは凄かった。とても貴族の女性とは思えない。とても年齢に見合った動きとは思えない。
走りだした彼女の恐ろしいスピード。
「ちょっ、待って!速っ!!」
またたくまに距離が離れていく。こちらも全力で走らないと置いていかれる。厨房の場所しらないから置いていかれると困る!……困るのか?
考えるのは後だ。今は追いかけなくちゃ。
めちゃめちゃ速い。彼女なんで走ってんだろう。
ツキミさんが神出鬼没って言われる理由が分かった気がする。走った。俺は必死に走った。それも猛烈なスピードで。
「はぁはぁはぁ、なんで走るんですか!」
「はぁ、早く、はぁ、食べたいからよ!」
ようやくたどり着いた厨房。へとへとで食べる気分じゃない。
「生でも食べられるんですよ、それ」
「そうね。一本は生で食べるつもりよ。もう一本は揚げ物にしようと思って」
……二本とったのはそういうことだったか。てっきりさ、俺のために一本多く取ってくれたのかと思ったよ。ははは……ははは。
「水で綺麗に洗ってあげて、包丁で一口サイズに刻みます」
一人で語りながら、手際よく皿に並べた。
ポリポリと食べる。もぐもぐしている口が可愛い。可愛いってのは失礼かも。
「あら、食べないの?」
えっ!?俺の分あるんですか!?
別に食べたくないけど、めちゃめちゃうれしかった。
俺もポリポリしながら食べた。
……うん、普通だね。
「普通ね」
やっぱりそうだよね。美味しいなんて言わなきゃよかった。
「揚げ物も試してみようかしら」
ツキミさんは相変わらず手際よく調理していく。料理が相当得意と見えた。
「エリザも、料理は得意なんですか?」
「……作って貰ったらいいじゃない。それでわかるわよ?」
「……そうですね」
に、に、肉じゃがでお願いします!!
揚げ物も仕上がり、こちらもちゃんと俺の分があった。塩をまぶして、いただく。ポリポリ感はなくなり、ほっくりとした食感になっている。それでも……。
「普通ですね」
「普通だわ」
「育ちがいい秘密、わかりましたか?」
「全然」
ですよねー。食べるだけでわかったら、それは凄い才能だ。
「もうっ、こうなったら直接聞くしかないわね」
「敵将に兵の強さを聞くんですか!?」
「生意気言わない!」
あなたが言ったんだけどね!
「クルリくん、この後も暇でしょ?」
「はい、ツキミさんの畑を見るくらいの大したことない用事しかありませんので」
いててて、またも耳を引っ張られた。
「じゃあ、うちに来なさよ。エリザもいるわよ」
いいの!?でも緊張するなぁ。いいかのかな!?本当に。
「ラーサー王子と仲いいんでしょ。二人でおいでなさいよ」
「そうですね、じゃあ行こうかな……」
「はい、じゃあ今日ね。待ってるわ」
お母さん公認だしね。お母さんに誘われたらね、そりゃ行くでしょ。ね?別に他意はないけど。友達のお母さんに誘われたら行かなきゃ。
と言う訳で、ラーサーを誘い合わせてエリザ宅へ向かうことにした。
「実は、エリザさんの家は初めてなんですよねー。父同士は毎日顔を合わせて仕事していますけど、家族間で仲がいい訳ではないので。それでも、宰相家は外から何度か見たことありますが、それはそれは素敵な家ですよ」
どんな家だろうか。王都は貴族が多いこともあって、豪華な家なんかは何度も目にしているが、ラーサーが褒めるくらいの家ならさぞかし凄いのだろう。
俺の感想としては……、普通だ。
到着したエリザ家だけど、我が家と大して変わらない規模の屋敷に、庭もさして広くもない。
へ?何が凄いの?って感じだった。王都だから地価が高いとか?
「アニキ、なんだか不思議がっていますね。何が凄いかまだ分からないんでしょう」
楽しそうに聞いてくるラーサー。早く教えておくれ。
「ここはね、初代宰相様から代々受け継がれる屋敷なのですよ。見た目の派手さこそないにしろ、ここは宰相職に就いた者とその家族のみが住むことを許される屋敷です。王族だといっても、無断で立ち入ることの禁じられた領域ですよ。歴史の重みがあります。ステキですね」
へ、へぇー、かっこいい。なんかブランド力的なやつ?見事にその凄みに感化されてしまったわけだけど……。
「呼び鈴とか……触れていいのかな?」
「もちろんですよ。来客を拒む必要性はないですから」
じゃ、じゃあ……。
さきほどの話を聞いてしまうと、なんだか呼び鈴を鳴らすのもちょっと緊張するなぁ。
……、呼び鈴も本当に普通でさ、ガランガランと金属が鳴るんだけど、別に妖精を呼び寄せるような響きでもなく、本当に平凡な音だ。我が家のほうがいいもの使ってるかも。
「どちら様でしょうか?」
門の内側から声がする。男性……この家に仕えている者だろう。
「おそらく代々宰相家に仕える執事ですよ。非常に優秀で有名な方なんですよ」
ラーサーは来たことないって言ってたけど、随分とお詳しい。王都じゃ有名なことなのかな?
「クルリ・ヘランと申します。ツキミ様にお食事のお誘いを受けましたので……」
なんだか、突如悪い予感がフラッシュバックした。
「申し訳ございません。ツキミ様はもう一週間ほど戻られておりませんので、私には何のことかわかりかねます」
伝わってない!!
王都に来て二度目の悲劇!友の家を訪ねるが入れない、第二幕!!
「まぁ、ツキミ様ですから……」
ラーサーが苦笑いしながら悟ったようなことを言っている。経験済みだ!既にラーサーはあの人に調教されていたか……。
「どうしようか」
「アニキの友人のエリザさんを訪ねにきたということに変更しては?友達が遊びに来るのにアポも何もないでしょう?」
え?別に俺もそれでいいけど?
でもさ、ちょっと、ほんのちょっとだけ待って。心の準備期間がいる。ちょびっとだけね。
「あのさ、じゃあ変更で。学友のエリザに会いに来たんだけど」
「ツキミ様故、こういうことはしばしば起こります。申し訳けないです。では、エリザ様に取り次いで来ますので、もうしばらくお待ちください」
丁寧な人だ。ツキミさんにあの人も振り回されているのだろうか。
しばらくして、先ほどの執事さんが戻って来た。まだ門は開けてくれない。
「クルリ殿、エリザ様は歓迎すると申しておりますが、今しばらくお時間が必要とのことで、もう少し外でお待ちください。伝言がございます。シフォンケーキを作っていたところ、失敗したので服を汚してしまった。正装でお迎えしたい故、しばしお待ち下さい、とのことです」
と言う訳で、まだ入れてもらえない。
「アニキ、私には屋敷から芋の甘い香りがするように思うのですが、何か美味しいものでも作っているのでしょうか」
「いや、俺も芋の甘い香りを嗅ぎつけているよ。たぶん焼き芋だね。こんな寒い日に焼き芋だなんて、エリザらしい。そして羨ましい」
「アニキ、流石にエリザさんに失礼ですよ。他の誰かが焼いているに決まっているじゃないですか。あの深窓の令嬢を鏡に映したようなエリザさんが焼き芋なんて。それに執事さんもシフォンケーキを作っていると」
ふっ、若いなラーサーよ。
「はい、その通りでございます。我が主のエリザ様は“シフォンケーキ”を作っております。“焼き芋”をしているのは使用人でございます」
うわっ、ラーサーが有能だと言っていた執事さんが念を押してきた。怪しすぎるよ。かばってる臭がプンプンします。
「エリザは芋が好きだから、焼き芋をしているのはエリザで間違いないと思うんだけどねぇ……」
「……執事という立場上バレてしまうとまずいと思っていましたが、実は焼き芋をしていたのはこの私。仕事中にサボタージュしていたのでございます。先ほどは使用人に罪を擦りつける醜いことを言いましたが、ふふふ、食べていたのは私なのですございます」
とうとう己の身を切って来た!?有能だよ、この人執事の鏡のような人だよ。
ごめんね、深いとこツッコんでしまって。
「……執事さんも結構茶目っ気があるんですね」
「はい、男子たるものいつなんどきも悪戯心は忘れたくないものです」
ごめんね、不真面目な執事に格下げさせてしまって。
「アニキ、意外と親しみのある方でしたね」
ラーサーが小声でそんなことを告げてきた。もう、そういうことでいいかな。
「フローター、門をお開けになって」
門の奥から駆け足の音が聞こえたかと思ったら、エリザの綺麗な声が即座に響いた。彼女がいろいろ後始末を終えて、ようやく来てくれたらしい。会うのは久々……でもなかったか。
フローターとは執事のことだろう。ゴーサインが出たと同時に門が開いた。
屋敷の前に、腰を低くした白髪の執事と、奥に玄関前の段差3段分くらい高い位置に立った赤いドレスを纏った美女。華やかで、淑やかで、儚く、どこか優しい素敵な雰囲気のエリザがそこにはいた。
「クルリ様、ようこそおいで下さいました。あら、ラーサー王子まで。二人とも歓迎致しますわ。……ただ、いきなり女の子の家を訪ねるだなんて、あまり紳士のやることとは思えませんわね。女の子には支度の時間が必要なのですよ?」
乙女は秘め事多し。
ごめんなさい。でも嵌めたのはあなたの母君です。今度は芋の処理が済んだころに来ます。
丁寧に一礼した後、エリザは珍しく明るい、少女のような笑顔を向けてくれた。……歓迎されている……でいいのかな?嫌がられてはいないよな。……それだけわかればいいか。
エリザに一歩一歩近づいていく。
何を話そうか。ラーサーがいてくれてよかった。二人きりだったら脚がつっていたかもしれない。鳴りやまれ、俺の鼓動よ。
ドキドキが強まるにつれて、エリザとの距離も縮まる……。
あれ?
完璧とも思えたエリザの装いだが……あれ?口元に何かついてない……?
あれ?やっぱりついてるね。これは……芋の食べかすだ!
食べたんだね!?
急いで焼き芋の後片付けをしているのは知っていたけど、食べたんだね!?予想外だよ!!
そこまで完璧に着こなしたなら、口元にも気をつけて!いや、もしや着なおした後に食べた!?もったいなくて、その綺麗な格好で食べたのか!?
ちょっと!若干視力の弱まったであろうフローターさんもようやく気が付いたみたいだよ!?
めっちゃ顔色悪くなってるし!あれほど落ちついた感じの人がガタガタ震えているんですけど。
手が、手がせわしなく不自然に頬を掻き続けているんですけど!!
「フローター、あなたどうしたの?あなたらしくもなくそわそわして」
そこ言っちゃうの!?エリザさん、気づいてあげて!彼の行動の真意に!
フローターさんが絶望に打ちひしがれているのがわかる。なんだか、ごめんね、って言いたい。
「エリザさん、顔にシフォンケーキの食べカスが付いていますよ。意外とおっちょこちょいなところがあるんですね」
ラーサー!!ラーサーが天使の如き働きをしてくれた。それ芋の食べカスだけどね。シフォンケーキだと勘違いしてくれてありがとう。その無邪気さにこの場の全員が助けられたよ。
エリザは即座に屋敷内に駆け込んだ。
俺たちの前にフローターさんが同時に立ちふさがる。
「暫しお待ち下さい」とそれ以上は言わない。言わないがプレッシャーが凄い。
一瞬聞こえたのだが、一生の不覚、と小声で言っていた気がする。あんたのせいじゃないよ。食い意地張ったエリザが悪い。いや、芋が令嬢に相応しくないという世間の認識が悪い。この場に罪びとなし!
エリザが戻って来た。顔を真っ赤にして。
俺としては全然いいと思うのだが、それを言っても、いや言ったらかえって彼女は気にしそうだ。まぁ、今はまだ関係が未熟だ。円熟するとは限らないが、いつかは知ってたよって言ってあげたい。芋、心行くまで食べていいんだよって。
「ほーほっほほ、おーほほっほ、シフォンケーキを頬に付けるなんて、私としたことが!」
エリザさん!?そんな笑い方していた!?
「お嬢様!全く、あなたという人は。シフォンケーキに目がないことは知っていましたが!」
なに!?この執事と令嬢の息の合った大根芝居は!?
「……エリザはシフォンケーキが好きなんだなぁ!全く、皆の憧れなんだから学園ではよしてくれよ!」
原因は俺たちが突如来たことだし、ここはこの芝居に乗っておくべきだろう。
「はーはっはは、ごもっともですな!お嬢様、お気をつけなさいよ!」
「おーほほっほ、そ、そうね。そうしますわ!」
「……皆さん、もういいじゃないですか。私、寒くなってきました。中に入りませんか?」
ラーサーという名の天使の一言で、地獄の芝居はこれ以上長引かずに済んだ。
でも、空気は変えられず、粗茶です、と出された高級茶を皆で静かに飲んだ。ごくりと飲み込む音さえ響くほど会話が盛り上がらない。
手料理は、エリザの精神的に厳しく、専属のコックの美味しい料理をいただいてお邪魔することに。
こうして、憧れの可愛い娘のお宅訪問は、残念な形で幕を閉じた。
最後に言っておこう、誰も悪くないと。世間が悪いと。
4巻が4月10日に発売になります。よろしくお願いいたします。




