『 眠れる夜のために 』(天文十五年、夏)
連続投稿の後編です。
サブタイトルに悩み、本文の構成で悩み捲くった一ヶ月でした。
やっぱ終日休みがあると、捗るものだなぁ。
利き手の腱鞘炎とPCトラブルにも悩まされましたが、PCトラブルは解決したのでモーマンタイです。
皆様の誤字の御指摘に、感謝を! 訂正させて戴きました。(2019.05.25)
河越城合戦略図・捏造版を掲示するのを失念しておりましたので、添付致します。(2019.05.20)
河越城の合戦では実に多くの者が命を散らしたが、辛くも命を永らえた者もまた多数いた。
上野国の桐生城主桐生大炊介祐綱と白倉城主白倉五左衛門重佐、武蔵国の勝沼城主三田弾正綱秀の三人は憲政の配下として出兵したが、無事に居城へと逃げ延びたそうだ。
扇谷上杉氏の武を代表する太田美濃守資正は軍勢を損なうことなく、優秀な行政官である上田能登守朝直を伴って松山城へ堂々と帰還したとか。
古河公方軍の中核を担っていた佐野修理介泰綱と嫡子の小太郎は、どうにかこうにか手勢を纏めて撤退に成功。しかし小田左近衛中将政治の退却戦は、追い討ちを仕掛けられ散々な目に遭ったそうだ。戦国の世の倣いというヤツかねぇ。
因みに追い討ちを仕掛けたのは、結城左衛門督政勝だったとのこと。古河公方軍の一員として出兵しながらも、上野国人衆たちが陣払いをする際に行動を共にした男である。結城氏と小田氏は領地がぶつかりあっている宿敵の間柄、さぞや美味しい獲物に見えたことだろう。
水に落ちた犬を徹底的にシバキ倒すのは、近現代でも当たり前とされていた外交手段。況してや喧嘩主義的交渉術が初期設定されている室町時代なら尚更だ。弱り目に祟り目な醜態を晒した方が悪いのである。むべなるかな、むべなるかな。
そんな悲喜交々の生き残り組の中で最も不運だったのは、幸手館主の一色直朝だ。氏康を主将とする北条氏本軍に陣地を蹴散らされ、右往左往しているうちに別働隊に捕獲されてしまったのだから。
逃げ惑う直朝を捕獲したのは太田左京亮資顕だった。今年の春半ばに朝定から離反して北条氏へと誼を通じた男ながら、資正の実の兄だったりする。弟のような武辺者ではないけれど機をみるに敏な人物であるのは確かなようだ。
そんな男だからこそ、今回の大戦でゲット・ア・チャンス出来たのかも。寝返ったばかりの新参者で、弟が敵の最大戦力という微妙な立場。敵将を捕縛したのは討ち取りに勝るとも劣らぬ大手柄だ。氏康への服従アピールとしてはバッチリだよな。
捕まった直朝は苗字の通り、一色七郎の属する一色氏の一員だ。一色氏は足利氏の氏族として尊氏の曽祖父の代に始まる分家である。京都系と関東系に別れ、京都系は更に丹後国守護職系と洛中在住の奉公衆系に分かれていた。七郎は勿論、奉公衆系である。
七郎と直朝は同じ氏族だとはいえかなりの遠縁、系図で示せば赤の他人の一歩手前らしい。見捨てるべきか救済すべきか微妙なトコだなぁ。こちらからは積極的に介入せず、氏康の方から何らかのアクションがあった時に考えるとしよう。
資顕の棚ぼた式大手柄とは違い、文句なしの実力で手柄首を挙げたのは忍城主成田下総守長泰だ。平安時代から関東武士をやっている老舗中の老舗の末裔、零細国人領主といえども名門の金看板を背負う男である。
以前は関東管領配下の武士として北条氏と対立していたが、凡そ一年前に憲政の許を離れて氏康に伏していた。どこまで信服していたのかは定かじゃないが、今回の大戦を契機として同盟者の立場から従属となるに違いない。
だって朝定の側近中の側近である難波田憲重の首級を獲ってしまったのだから。
古河公方正室の父、梁田高助を一騎打ちの末に倒してしまった蒼海城主長尾能登守景総も以下同文である。家宰として上杉氏を支え続けた長尾氏の一員だったが、色々あって成田氏同様に北条氏の陣営へと鞍替えしていた。
乱戦の最中の遭遇戦とはいえ敵側の主要人物を討ち取ったっていうのは実に大きなフラグである。氏康からは信頼感を得られる反面、古河公方・関東管領陣営とは完全な手切れを宣言したようなもの、余程のことがない限り元の鞘には戻れまい。
その点、蒔田城主吉良従四位下左衛門佐頼貞は上手く立ち回ったものだと思う。
江戸城の守備要員となることで身を危険に晒すことなく功績点をゲットしたのだから。一応、江戸城は最前線基地になるので、絶対安全とは言い難い場所だけどね。万が一にも氏康が負けたなら最初に血祭りに挙げられる立場だ。
戦の勝敗は時の運。結果を知っている俺ならば何てラッキーといえるけど、先のことなど知りようもない関東吉良氏からすれば、一か八かの賭けだったに相違ない。
太田資顕も成田長泰も長尾景総も吉良頼貞も、小なりとはいえ立派な関東武士だ。伊達や酔狂で次期将軍様のポジションにいる俺とは、やはり違うよなぁ。武士としての格も覚悟も。
覚悟の恐ろしさでいえば、合戦の最中に戦場で裏切り行為を働いた者たちはどうだろうか?
裏切り行為を働いたのは次の三名。
一人は、古河公方の古参の家臣である下総国栗橋城主の野田右馬介政朝。後の二人は、同郷の者たちと行動を別にして河越城包囲網に居残り続けた上野国和田城主の和田右兵衛大輔業繁と、鎌原城主鎌原大和守幸定である。
野田氏は鎌倉公方の奉公衆の一員として関東に根付いた一族だ。
奥州と関東を結ぶ鎌倉往還(=鎌倉街道)の一つ、奥大道に面し古河公方の居城である古河城を守る支城網の一角をなす栗橋城主の野田政朝が、晴氏を裏切ったのは正直いって驚きだ。
古河二代政氏から偏諱を受けるなどして宿老の座に名を連ねたが、三代高基の不興を買って一旦は改易の憂き目にあったらしい。しかし四代晴氏が赦免をして再び宿老格となっているのだから、晴氏には恩義こそあれ怨恨はないだろうに。
……もしかしたら氏康が調略でも仕掛けていたのだろうか。
和田業繁は名前を見れば一目瞭然、長野業正の身内である。甥っ子にして娘婿だ。
鎌原幸定は何者かといえば、実は真田一族だったりする。何せ家紋が六文銭なのだからして。幸定の兄の名は真田幸隆。つまり、今は大和国で柳生氏と蕎麦作りに励んでいる源太左衛門の弟が、幸定なのである。
業正を筆頭とする上野国人衆の大半が憲政に叛意を抱いて戦場を放棄した後も、憲政配下の軍勢の先陣に居座り続けたのは、裏切り行為を決定的な場面で効果的にする為だったのだろうと、今にして思う。それ以外に危険を承知で居残る理由などありはしない。
柳生氏復興の補佐を務めながら、関東情勢に関する俺の知恵袋として働いてくれている源太左衛門。彼には、河越城合戦を契機として古河公方と上杉氏を一掃する方法について幾度となく相談をしていた。
最初に相談を持ちかけた時は目を丸くしていたが、直ぐさま“それは面白うござりまするな”と何とも悪辣な笑みを浮かべていたっけ。
“然れば関東には伝がござりまするゆえ、某も若子様の意に添うべく謀を巡らせて戴きましょうほどに。何、某の勝手働きにござる。些かなりとも受けし御恩に報いさせて戴きますれば誠に有難し”
その謀とやらが、鎌原幸定の裏切りなのだろうな。恐らくは和田業繁も巻き込んでのことだろう。
ってことは、業正が上野国人衆たちを引き連れて河越城包囲網から離脱したのも?
業正が戦線離脱の理由を探していたとするならば、憲政の下した苛烈な処断は絶好の好機となったのだろうか。
まさかね。そのように疑いだしたら限がないよな。
もしかしたら憲政に河越城の力攻めを唆したのもそうかもしれないし、力攻めに失敗した赤堀上野守と倉賀野三河守と木部駿河守への処罰を下させたのもそうだったりして、とかさ。
俺がイメージする真田幸隆って、息子の昌幸以上の謀略大魔王だからなぁ。イメージが先行し過ぎて正鵠を射るどころか、勘繰り過ぎかもしれないけれど。況してや今は柳生氏とタッグを組んでいるのだ。
……映画の観過ぎかな。名優オールスターによる史実無視のトンデモ大活劇作品の、さ。
どうも真田一族ならばとんでもない陰謀大作戦をやりかねない、って思えてしまうのだよなぁ。その内に、真相を尋ねてみようか……って、まともに答えてはくれそうもないけれど。
ああ全く。
室町の人間って、戦国の世の武士たちって、本当に恐ろしいなぁ。覚悟一つをとっても平和という惰眠を貪って来た現代日本人の俺には及びもつかないし、真似など出来そうもないよ。絶対に無理ゲーだろう。名もなき足軽すら、現代人からすれば戦闘チートにしか思えないや。
彼らと似たような覚悟とやらが俺に根付くのはいったいいつだ?
室町気質や戦国魂とかを土壌とした格などが芽生えるのはいつ頃だろう?
そもそも本当に見習うことが出来るのかどうかすら、全然自信が湧いて来ないけどなぁ。
頭で理解し心で拒絶し、などと表現すれば文学的だけど……要は、俺は俺のままなのかそれとも菊幢丸なのか、ってことだ。
悩めども悩めども猶我が苦悩楽にならざり、ぢっと手を見る……苦労知らずのガキの手だよなぁ。皸も胼胝もありやしないし。もしかしたら、そんな軟弱精神を抱え込んでいるからこそ、空想塗れの追体験っぽい悪夢を見続けているのかもしれない。
憲政の気持ちや考えや行動が理解出来るってことは、頭の中では既に俺は菊幢丸であるのだと完全理解が進んでいるってことなのだろう。だから共感なんぞしてしまっているのだ。でも俺の心は未だに現代人のままである。
どうせ共感するなら教科書に名前が載るような英雄たちとしたかったよなぁ、と心の底から思っていたりもするけどな!
それからも俺は夢の中で憲政となり寝言で目を覚ます日々を送った。
三日に一度は見ない日もあったが、それは吉岡憲法に兵法ブートキャンプを課せられたからで……。クタクタは鬱々に勝るってのを学ばせてもらった。学びたくはなかったけどな!
頭や心だけでなく体もヘトヘトな日々を楽しくもなく過ごすこと半月。承服出来ぬ鬱屈へのヘイトばかりが貯まりやがるよ、畜生めが!
天候も曇りがちの空模様ばかりで、大粒の雹が降った時など丸一日不貞寝するしかなかった。だのに現実ってヤツときたら容赦なく俺の首根っこを掴んで、この世界のメインストリームへと引き摺り出そうとしやがる。
そっとしといてくれよ、くよくよと過ごさせてくれよ、間もなく入梅のジメジメとした時節なのだから。などと膝を抱えて過ごそうとした頃に届けられたのは、味も素っ気もない一通の手紙。差出人は桔梗屋だ。
情け容赦のない現実とは、得てしてこういったペラペラの一枚紙だったりするのだった。
“近頃、河内の武士を洛中にて度々見かけるように相成り候”
ああ、遂にイベント発生のお知らせが……。
現実逃避に現を抜かしている間も、現実はスケジュール通りに動いているのだなぁ。
おにょれ、史実め!
桔梗屋の知らせを一読した俺は、細川与一郎と三淵弥四郎と山岡三郎太郎に急ぎ書き上げた五通の手紙を各所へ届けるように命じた。
記した宛名は桔梗屋、惟高妙安禅師、稙家伯父さん、真田源太左衛門、池田五郎右衛門。
内容は、火急の用にて三日後に相国寺にお集まり戴きたく候、詳細は当日にお話し致したく云々と。
さて会合まで出来ることは、俺の考えたプランから浅はかさを削除するだけだ。誰に相談すればまとな考えになるだろうか、って悩むまでもなく村井吉兵衛しかいないよな。織田政権を支えた能吏の頭脳が傍にある有難さよ。
トンチキ管領を排除しようと思ったトンチキ親父の計画、所謂“将軍様御謀反”。史実を思い出せば穴だらけに思える計画で、折角ここまで回復した洛中を再び闘諍騒乱の場になどしたくはない。都を戦渦に巻き込まぬ方策は万全でなければ。
……方策の要諦は、他人に丸投げだけどね。
大まかな流れは史実通りなのだけど、細部では史実と乖離している今日この頃。積極的に歴史に介入し過ぎたかもと今更ながらに冷や汗タラリだ。介入し過ぎた結果が氏康の完勝と古河公方の討ち死にである。
冷や汗タラリどころじゃないよなぁ。
この時代に転生してから、生き残りたいがために行き当たりばったりで歴史の端々を改変して来たが、それが他人の人生をぶった切ることでもあるってのに今頃気づくだなんてさ、うっかりも甚だしいよな。
などと反省したところで今更引き返せないのだから、否が応でも腹を括らねば……なぁ。
ううむ、疲れた。頭がオーバーヒートしそうだ。こんな時は寝るのが一番だ。下手の考え休むに似たり、というじゃないか。ならば本格的に休むとしよう。慌てない慌てない一休み一休み。
“おにょれ、下郎推参なり!”
酒臭い唾と共に吐き出された憲政の怒声は、立派な大将とは思えぬ舌が縺れた実に聞き苦しいものであった。
庭先で盛大に焚かれている篝火に照らされ夜目にも鮮やかな鎧装束は、素懸白綾威黒皺韋包板物腹巻。兜の前立ては金物作りの蜻蛉、不退転の精神を象徴する勝虫である。
北条軍の不意打ちに武者震いを起こした手を落ち着かせようとしてか、腰に佩いた太刀の柄をギュッと握り締める憲政。刃文が山鳥の羽毛に似ていることから名付けられたともいわれる、先祖伝来の名刀の存在が苛立つ心の支えとなった。
“戦の作法も知らぬ悪鬼の輩めが!”
僅かに冷静さを取り戻した憲政がうろたえ騒ぐ配下の者たちに下知しようと息を吸い込むも、足下で膝をつく側近に制される。
“御屋形様!”
“何をしておる宮内少輔、急ぎ兵を取り纏めて伊勢の奴ばらに目にもの見せよ!”
“畏れながら申し上げまする。残念ながら此度の戦、既に勝機は失われましてござりまする。然れば直ちに平井城(=憲政の居城)へとお戻りあそばされますよう願い上げまする”
“戯言を申すな、戦は始まったばかりであろうが!”
“いいえ、既に終いでござりまする”
“何と!?”
“先ほどよりも闘諍の声が激しくなっておりまする。まもなく伊勢の奴ばらがここへも押し掛けて参りましょう。ここは某が防ぎ止めましょうほどに、御屋形様におかれましては速やかにお下がりあれ”
“御注進! 本間近江守様、御討ち死にの由!!”
“申し上げまする! 本間近江守様に討ち掛かりしは、三つ引両に檜扇の旗印! 和田右兵衛大輔、返り忠にござりまする!!”
“六文銭の旗印も逆巻いておりまする! 鎌原大和守も北条に組した由!”
次々と報告される凶報に、眼まで真っ赤に染まっていた憲政の顔が一瞬にして青褪める。
“御屋形様”
冷め切った本庄の声に憲政はのろのろと首を動かす。
“……相判った”
“然れば兵庫助殿、刑部大輔殿。御屋形様のこと、くれぐれもお頼み申す”
“心得た!”
“お任せあれ!”
堂内へ一礼してから決然とした表情で踵を返し去って行く本庄を呆然と見送った憲政の両肩を高田と那波が左右から掴む。
“然れば御屋形様、御動座召しませ”
“一刻の猶予もござりませぬ、いざいざ”
右往左往する者たちの誰かが篝火を蹴倒すや、火の粉が夜空を焦がさんばかりに舞い上がるも、風に流され消え失せる。そして憲政の視界を闇が覆い尽くした。
どのくらい駆けたのだろうか。
気づけば憲政は暗く頭上を閉ざした森の中を独り彷徨い歩いていた。最初は馬に跨っていたはずだ。どこで下馬したのだろうか。
“御屋形様、御馬を御貸しあれ。某、これより追い縋る敵へと斬り込みまするゆえにッ!”
刀を振り翳して馬を駆る高田を見送ったのはどのくらい前のことだったのか、憲政には定かではない。
“我こそは兵部少輔憲政なり! 手柄首が欲しくば掛かって来いッ!!”
両手を広げて仁王立ちする那波と別れたのは、もう随分と前のことのように憲政には思えた。
贅を凝らした甲冑は重く、今しも力を失いそうな両膝の負担となる。行く手を遮る邪魔な木々の枝が前立てを引っかけた。取るも取り敢えず兜を脱ぎ捨てたのはつい先ほどのことだ。
逃げなければ、逃げなければ。
縺れるように足を動かし続ける憲政の喘ぎだけが森の中に響き渡る。整えられていた前髪は乱れに乱れており、汗を吸っては瞼に張りつく。
幾度となく視界を奪われそうになってはそのつど前髪を払いのけるも、遂に憲政は草むらに隠れていた石に足を取られ、つんのめった。
もう、動けぬ。
憲政は泥まみれの全身を大地に投げ出し、天を見上げる。
時刻は既に日の出を過ぎているはずなのに、生い茂る木々の枝葉の所為で憲政に見える世界は暗いままであった。鳥の囀りもなく、聞こえるのは己の喘ぐ声ばかり。
不意に、世界が更に暗くなった。何者かが憲政を見下ろしていたからだ。
“な……何や……つ”
真っ黒い影法師にしか見えぬ何者かの顔に、横たわった三日月が浮かぶ。何者かは白い歯を剥き出しにして静かに笑っていた。
“おのれ……下郎……推参な……り”
渾身の力を振り絞り、憲政は伝来の名刀を抜き放とうとした、当にその瞬間。
“うるせぇよ、ばぁか”
野良着というのもおこがましいほどの、継接ぎだらけの襤褸を身に纏った俺は両手で握り締めた竹槍を振り下ろした。何ともいえぬ感触も気にせず、深々と切っ先を突き立てる。
“これで終いだ、ざまぁみろ!”
がばりと身を起こしたら視界がぼんやりと白い。何事かと思えば書状が汗で顔に貼りついていたのか。口が覆われてなくて助かった。危うく昼寝の最中に間抜けな窒息死を晒すところだったよ、全くもう。
氏康からの書状を剥ぎ取り、よっこらしょと立ち上がる。からりと障子戸を開ければ空から降り注ぐのは、雲間からの暑いくらいの日差しだ。今年の夏は小氷河期を焼き尽くしてくれるような気候になってくれるのかね?
だったら、良いなぁ。
東求堂の縁側で両手を天に突き上げた俺は、大きく息を吸い込む。そして太陽へ向かって大きく吐き出した。
「ちっとも良くねぇわ、馬鹿野郎がッ!!
よりにもよって、何で共感する相手が土民なんだよッ!!
竹槍を尻から突っ込んで思いっきり空気を送り込んで風船にして飛ばしてやろうか、こん畜生めがッ!!」
誰に対してだか判らぬ罵詈雑言を叫んだら、ちょっと気分がスッキリしたよ。やはり人間、溜め込んでばかりじゃ駄目だよねぇ。
「若子様」
いや、本当に。クヨクヨするのは針の筵へ座るに似たりだよ。なぁ、そう思わないか、与一郎よ。あ、思わない。あっそう。え、奇態もいい加減になされませ、ってか。うんうん、そうだね、そろそろ大人にならないとね。
え? お控えなされませ、って? ……いやいや、説教は勘弁勘弁。リアル針の筵など御免蒙る。これからはもっと真面目にするからさ、許してくれよ、な、いいだろう?
「なりませぬ」
眦を吊り上げた与一郎は、本当に恐ろしかった。声を荒げぬ叱責がこんなに恐いものだとは、この年になるまで思わなかったよ。鶴亀鶴亀。
だけどまぁ、何だね。懇々と説教してくれる者が身近にいるのって、こんなにも心強いのだなぁ。訳も判らず無我夢中な室町ライフ、毎度毎度圧し掛かる現実ってヤツに挫けそうになるけれど、確りと支えてくれる者がいる限り、何とかなりそうな気がするよ、本当に。
「若子様、何が然様に面白うございまするのか。某の話をよくよくお聞き召されい。そもそも……」
何故かは知らないけれど有難いことに、その日の夜から俺は悪夢に魘されることはなくなった。
憲政の消息は未だに不明だけれど、生きていようがいまいが今となってはもうどうでも良いや。そっちはそっちで勝手にしていてくれ給え。何があろうと俺はもう大丈夫。こっちはこっちで、勝手にやるからさ。
覚悟しろよ、史実の大馬鹿野郎めが!
さて、朗報。
大好きな作品である、まふまふ様の『陶都物語~赤き炎の中に~』(https://book1.adouzi.eu.org/n9077df/)が再開されました、万歳三唱! 第二巻の発売も決定、拍手喝采!
未読の御方様は是非とも御一読を。本当に面白い作品なのですよ。
水源様と壬生一郎様がプロ作家となられました事も、改めましてお祝い申し上げまする。
大好きな先達様方の単行本を読み耽るひと時に勝るものなし、でありまする♪




