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「リオンハルト様。これ以上はお嬢様が許しても私が許しません」
「ノ、ノーラっ…!」
人前ではしないとの約束だが、その人前というのにノーラとケビンは含まれていない。
私とリオはまだ婚約をしたわけではないが近い内に婚約することになるだろう。だけどそれまでは独身の男女を二人っきりにするわけにはいかないので、必ずノーラかケビンが同席してくれているのだ。それに二人はリオの気持ちを知っていたようでずっと応援していたそうだ。
だけどノーラとケビンは私の味方で、こうして私がリオからの愛情表現に困っていると止めに入ってくれる。二人に見られるのも恥ずかしいのだが、こういったことに慣れていない私ではリオに太刀打ちできないので正直助かっている。
「リオンハルト様がお嬢様のことを大切にされていることは理解しておりますが、お嬢様は私たちにとっても大切なお方なのです。お嬢様がお困りなら相手がリオンハルト様でも容赦いたしませんよ?」
「妻の言う通りですぞ。私たちが一番大切なのはお嬢様ですからな」
「ノーラ…!ケビン…!」
「「よろしいですか。リオンハルト様?」」
「わ、分かったよ」
さすがにリオもこの二人には敵わないようだ。少し可哀想な気もするが調子に乗りすぎたリオが悪い。私はお金稼ぎに関しては上級者だが恋愛に関しては初心者なのである。
「…リオ。もう少しお手柔らかにね?」
「くっ!…ヴィーが可愛すぎる!」
「ノーラ、ケビン。いつもありがとう」
「大切なお嬢様をお守りするのは当然のことですからね」
「ええ。お嬢様を悲しませるようなやつがいればこのケビンが決して許しませんぞ」
両親が亡くなってからもずっと側にいてくれたノーラとケビン。夜会の後改めて二人のことを考えた。
元々は主従関係であったが叔父たちから不遇に扱われていた時も、三年間の結婚生活に耐えていた時も、いつでも私を想って動いてくれていた。それなのに私はそれを当たり前の様に享受していたが、今思えば何の権力もお金も持たないただの小娘の私に尽くしてくれていたのだ。
そのことに気がついた時、心が温かくなった。私はこの気持ちを形にしたいと思い、少し照れくさいが二人に感謝の言葉を綴った手紙を渡したのだ。するとその手紙を読んだ二人は大号泣。そして私もつられて泣いた。
リオの言う通り、私を愛してくれている人がこんなにもすぐ近くにいたことにようやく気づけたのだ。
「ふふふっ。本当にありがとう。ノーラとケビンは私の大切な家族よ。二人も何かあればいつでも私を頼ってちょうだいね」
「「お嬢様…!」」
「ヴィーは二人から愛されているな。でも俺だって負けてないからな?」
「もうリオったら!そこは張り合わなくていいじゃない」
「嫉妬は見苦しいですよ?」
「余裕のない男は嫌われますよ?」
「…最近二人は俺に厳しくないか?」
「これはリオンハルト様を想ってのことです。ね、あなた」
「そうですぞ。リオンハルト様だからこそです」
「本当かよ…」
「ふふっ、仲がいいわね」
「…そうか?」
「ええ。…あ、そうだ。今日は次の商品を考えていてね、リオの意見を聞きたいんだけど――」
「…まぁヴィーが嬉しそうならいいか」
「――こんな感じの商品を考えているんだけど、ってリオ、聞いてる?」
「ああ、聞いてるよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「…それならいいけど」
「それにしてもずいぶんと気合いが入ってるな」
「そりゃそうよ!休ませてもらっている間に色々思いついたから、早くそれを形にしたくて仕方ないの。そして今以上に稼いで稼ぎまくるのよ!」
「はははっ!ヴィーらしいな」
「…なによ。悪い?」
「いや、全然。むしろもっとヴィーのこと好きになった」
「なっ…!?」
「照れるヴィーも恥ずかしがるヴィーも甘えてくれるヴィーも好きだけど、自分の好きなことに一生懸命なヴィーを愛おしく思うんだ」
「…そんな変なこと思うのはリオだけよ」
「ああ、俺だけで十分だ。だってヴィーを幸せにするのは俺だからな」
「っ…」
リオは何度も伝えてくれる。
『ヴィーを幸せにするのは俺だ』と。
この言葉は今まで何回も言われているが、まだ慣れなくて気恥ずかしくなる。でもただ慣れていないだけで気恥ずかしさの中にたしかに喜びを感じているのだ。この人なら私の全てを受け入れてくれるのではないかと。
(それに私のお金好きは今に始まったことじゃないしね)
以前、まだリオの気持ちを知らない時に考えたことがあった。好きな人がいなければリオは将来のパートナーとして最高だろうと。そしてそのリオがずっと好きだった人というのが私で。
あの時はビジネスパートナーとしてしか考えていなかったが、今はお互い愛し合い支え合っていく本物のパートナーになりたいと思っている。ただ恥ずかしくて言葉にはまだ出せていないが。
(でも言葉にして伝えないとダメよね?時間は有限だもの。…よしっ!)
「ヴィー?」
私は近くに寄りリオの手に触れた。リオは目を見開いて驚いてる。それもそうだろう。エスコート以外で私から手に触れるのは初めてのことだから。そして私はリオの青い瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。
「私もリオを幸せにする。…だから二人で幸せになりましょう」
「っ!ヴィー!」
「わっ!」
「絶対幸せにする!嫌だと言われてももう離してやれないからな!」
「ちょ、ちょっとリオ、落ち着いて…ってノーラ!ケビン!助けてっ!」
「今のはお嬢様からでしたので甘んじて受け入れて差し上げてください」
「お嬢様が煽ってしまいましたからな…」
「そ、そんなつもりじゃ…!」
「うふふ、これはグレイル公爵様に最速で婚約をするべきだと進言した方がいいかしらね」
「そうだな。公爵夫人様にもお伝えすればすぐにでも婚約は調うでしょうな」
「ふ、二人とも助けて…!」
「うふふ」
「おっほっほっ」
「ヴィー、愛してる」
「っ!わ、私もだけどっ!と、とりあえず落ち着いてーーー!」
このあとリオが落ち着くまでにかなりの時間がかかり、落ち着いた頃には私はぐったりしていた。そしてそんな私をノーラとケビンは微笑ましそうに眺めている。
(は、恥ずかしいからそんな微笑ましい顔で見ないで!もう、リオのバカっ!)
改めてとても愛されていると実感することはできたけれど、今後リオへの発言は慎重にしなければと私は密かに心の中で誓うのであった。
【完】




