海の家でのアルバイト
「光太! 焼きそば二人前!」
「了解」
「かき氷四人分誰か頼む!」
「それは俺がやっとく!」
飛び交う注文と厨房に籠る熱気、海特有の潮風の匂い。額から流れる汗を拭いつつ、俺はひたすら目の前の鉄板で焼きそばを作り続ける。
ここは俺の従兄弟、和哉が営んでいる海の家。俺は夏休みのお盆を跨いで一週間、短期バイトで雇ってもらっていた。
「光太ー、次の焼きそばあと何分でできる?」
「五分」
「おっけー」
秀人と共に。
「ごめん! 二人とも昼食休憩2時からでお願いできるかな!」
「分かった」
「はいっす!」
「ありがとう!」
和哉に昼休憩の時間変更を頼まれ、俺達はそれを受け入れる。
俺達の昼休憩は元々1時からの予定だった。つまり、それが1時間先延ばしになったということだ。
夏休みのためか、海岸には多くの人が訪れている。
それに比例して海の家も盛況で、今の時間帯は手を休める暇もない。だから、これも仕方のないことなのだろう。
チラッと時計を見やると、時刻はまだ1時を過ぎたところ。
あと50分以上、焼きそばを作り続けなければならないと考えると鬱屈した気分になる。
何故なら、空腹は感じているし、今自分で作っている焼きそばの匂いの誘惑もある。これが結構キツいのだ。
しかし、耐えるしかない。こうなってくると、もはや自分との戦いだ。
俺は無心で手を動かして、頭から空腹の意識を逸らそうと試みる――。
「もうこんな時間かー。腹減ったなー」
「喋るな」
「酷くね!?」
酷くない。
* * * *
客足もようやく落ち着き、待ちに待った昼休憩。俺達は店の裏にあるベンチに座り、貰ったカレーライスを食べていた。
「ふぁふぇーふぁふぃふふはひは」
秀人はカレーライスを口いっぱいに突っ込み、何か喋っている。
「飲み込んでから喋れ」
「んぐっ……ふぅ、いや、カレーライス美味いなって言っただけ」
「それこそ食べてる時に言わなくてもいいだろ……」
「脊髄反射ってやつだな、多分」
そう言ってから秀人はすぐに次のカレーライスを頬張る。そんな彼に呆れつつ、俺もカレーライスを食べる。
「っ、冷たっ」
後ろから、冷たい何かを首筋に押し付けられた。
誰の仕業かは見なくても察しがつく。振り向けば案の定、和哉が立っていた。両手にスポーツドリンクを持ち、俺を見ておかしそうに笑っている。
「お前な……」
「あはは、ごめんごめん。はいこれ、飲み物」
「最初から普通に渡せ」
「あざーっす」
和哉は悪い奴ではないが、たまにウザい。嫌いではないが、少し苦手だ。でも、雇ってもらったことに感謝はしている。
俺達が飲み物を受け取ると、彼はニコニコ顔を崩さずに訊ねてきた。
「かき氷もいるかい?」
「欲しいっす! 俺メロンで!」
「OK、光太は?」
「……ブルーハワイ」
「了解!」
和哉はテンション高めで店の方に戻っていく。
そこで、ふと、俺は朝から気になっていたことを思い出した。
「なあ、今日、何で秀人もいんの?」
和哉は俺の親戚であって、秀人からすれば赤の他人の筈だ。
去年のバイトも秀人は居たが、それは俺が誘ったからであって、今日に関して俺は誘っていない。
「はっへ、ほへほふぁほふぁへはふぃ」
「だから飲み込んでから喋れ」
学習しないのだろうか。それとも、わざとなのか?
疑念を抱く俺をよそに、秀人は口の中のものを飲み込み、飲み物を口にする。
「かー、美味いっ!」
「おっさんか」
やっと口を開いたかと思えば、出てきたのは仕事が終わって居酒屋で一口目のビールを飲んだ時のおっさんみたいな、飯の感想だった。
「で、何の話だっけ」
「何でお前がここにいるんだって話」
「それは俺が呼んだからね」
かき氷を持ってきた和哉が口を挟む。俺はそのかき氷を受け取った後、更に訊ねた。
「いつの間に連絡先交換してたんだよ」
「去年だね」
「バイト初日の朝っすよね。たまに学校での光太の様子教えてほしいって頼まれて……」
「石村君っ、それは言わないでって……!」
「あ」
和哉の焦る声に、秀人は不味いと思ったのか口を押さえる。
だけど、もう遅い。聞き捨てならない言葉が聞こえてしまった。これは少しばかり事情聴取が必要だろう。
「秀人、邪魔だからしばらく席外してくれ。こいつと話させろ」
「か、和哉さんは光太が心配だったんだよ。だから、許してやっても……」
「石村君っ……!」
「秀人」
「はい外します」
「石村君っ……!?」
ドスの利かせた声で威圧すると、秀人は和哉を見捨てて、飯を持って店の方に戻っていく。
それを確認した後、俺は無言で和哉を睨んだ。和哉は視線を逸らして、徐に俺から距離を離していく。
「和哉」
「……何だい?」
後退する和哉に対し、俺は飯を一旦ベンチに置いて和哉に近づく。
「どこまで聞いた」
「どこまでって?」
「……聞き方が悪かった。一番最近で、秀人から報告を受けたのはいつだ」
「……半年ぐらい前、かな?」
明後日の方向を見ながら、白々しく和哉は言う。
「そうか、なら良かった。最近行ったプールのことは知らないんだな」
「へえ、プールにも行ったんだ。楽しかったかい?」
「……プールにも?」
「……あ……えーっと……」
和哉はだらだらと汗を流し、落ち着かない様子で頰を掻く。それが冷や汗なのか夏の暑さのせいなのかは置いておく。
これで確定したのは、和哉は俺が花火大会に行ったことを知っているということ。夏休み中、秀人が居たのはその日だけだ。
……花火大会のことは知られていたって別にいい。
ただ、ここから分かることは、二人はそこそこの頻度で連絡を取り合っていたということ。
それによって、俺は別のことを危惧していた。
「花火大会の日のこと、秀人からはどこまで聞いてるか言え。変に誤魔化すなよ」
「……神社でお参りした時、光太ともう一人の女の子のお参りがやけに長かったってことは聞いたね」
どうやら、花火大会に行ったということだけでなく、どんなことがあったかまで知っているらしい。
ということは、俺が危惧していたことはとっくに知られてしまっているのだろう。
……万が一ということもある。一応、念のために聞いてみた。
「加茂さんのことは?」
「光太にガールフレンドができたことを聞いた時は驚いたよ」
俺にプライバシーはないらしい。
「お、怒った?」
和哉は俺の機嫌を窺うように、不安そうに訊ねてきた。
「はあ……」
ため息が漏れる。一体、こいつは俺を何だと思っているのか。
「別に返事ぐらいするから、今度からは秀人じゃなくて俺に直接ライナーしろ」
「――!」
和哉は父さんの姉の子供だ。俺が父さんを嫌っていることも知っている。それもあって、俺とどう接すればいいのか分からないのかもしれない。
でも、俺が嫌っているのは父さんだ。叔母さんのことも和哉のことも、嫌ってはいない。
「じゃあ、早速だけど一ついいかなっ。加茂さんって子とはどこまで進んだんだいっ?」
……だから、自重はしてほしい。
「そんな関係じゃねえ。ただのし……友達だ、友達」
「し? 今、何か言いかけた? 言いかけたよね?」
「うっざ……」
――俺が和哉に加茂さんのことを知られたくなかった理由は、こうして勘違いされるのが目に見えていたからだった。





