不思議な男の子
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
「――九杉!」
私の腕を後ろから、小さな手が掴んだ。
「はぁ、はぁ……お主、速すぎるだろう……」
振り返ると、そこには汗だくのミガト君が息を切らして立っていた。走って、追いかけてきてくれたんだと思う。
「…………(ぱくぱく)」
「……すまぬが、我には分からぬ」
"ごめんなさい"の言葉すら、満足に伝えることができない。
「……今日はよう晴れとるのう」
額の汗を拭うミガト君はしみじみと呟き、空を見上げている。
私も釣られて空を見上げると、そこには雲一つない夜空が広がっていた。
「ほれ、座れ」
ミガト君は土手に腰掛けて、隣をぽんぽんと叩く。
……土手?
「…………(ばっ)」
辺りを見回すと、ここは河川敷だった。屋台なんて一つもなく、私たち以外には人っ子一人いない。神社のある高台が遠くに見える。
かなりの距離を走ってきてしまったことに、私は今更気づいた。
「落ち着かんか。とりあえず、こっちに来い」
「…………(こくり)」
私は頷き、ミガト君の隣におずおずと腰掛ける。
「縮こまらなくてよい」
バレてた。
「急に走り出した理由は、あの派手な髪の男か?」
「…………」
ミガト君の質問に、私は答えられなかった。そうだとは言い切れなかったから。
私が逃げたのは、私の心が弱いせい。私は、彼を拒絶してしまった。
……最低だ。
「九杉」
自己嫌悪に陥っていた私の名前を呼ぶミガト君に目を向ける。
彼は、優しい笑みを浮かべて私を見ていた。
本当は私よりも大人なんじゃないかって錯覚してしまいそうになる。そんな微笑みだった。
「我は何も知らない。お主の事情も、あの男との関係も。だから、もう何も問わぬ。今はただ、空を見ていよう」
そう言って、ミガト君は土手の芝に仰向けに寝転がる。
……こんな小さい子にまで、気を遣わせてしまっている。その事実が恥ずかしくて、申し訳ない気持ちになった。
「どうした九杉。お主も早く我の真似をせい」
「…………(ぱちくり)」
え、私も転がるの?
ミガト君は視線を私から逸らさない。本気らしい。
……まあ、これぐらいならいっか。少し服が汚れちゃうけど、帰ったらお母さんに謝ろう。
私もミガト君の横に仰向けに転がる。
夜空の星を見て、思う。星座のこと、もう少し勉強しておけばよかった。何も分からないや。
「空はいいぞ。何もないからな」
ミガト君の言葉は、よく分からなかった。
彼は不思議な子だ。妙に大人びていて、落ち着きがある。それに、言葉遣いも子供らしくない。まるで昔の人みたいな喋り方。
「言うべきか悩んだが、言っておくことにする」
ミガト君は言った。
「あの男から、邪気は感じなかった」
邪気……悪い雰囲気ってことかな。ちょっと言葉が難しくて、私には分からない。
「邪気というのは、人間の纏っているオーラのようなものだ。悪人なら必ず邪気がある。どれだけ表面を取り繕おうとしてもな」
私が聞いた訳じゃないのに、ミガト君は丁寧に説明をしてくれた。
どうしてミガト君にそれが分かるのかは不思議だけど、それは聞かないことにした。
「あの男は、お主に害を為そうとはしていなかったということだ」
……ありがとう、ミガト君。
でも、ごめんね。
私、分かってた。
もし、そう言ったら、ミガト君は驚くのかな。それとも、怒るのかな。
「別にどうも思わぬさ」
驚いて、飛び起きて、ミガト君を見る。彼は笑っていた。
「驚かせてすまぬな」
「…………(ふるふる)」
「安心せい、心を読んだのはこの一度きりだ。もう読まぬ」
ミガト君は心が読めるみたい。本当にびっくりして、心臓がバクバクしてる。
悪戯っ子のように笑うミガト君は、すっかり年相応の男の子に戻っていた。
……凄い暴露されたけど、やってることは普通じゃないよね。これ、スルーした方がいいのかな。
「九杉、そろそろ光太と合流しよう。きっと探しておるぞ」
「…………(はっ)」
そうだ、赤宮君。彼がここに居ないことを思い出して、私は慌ててスマホを手に取る。
そして、スマホの画面を点けて赤宮君に連絡を取ろうとする。
――現在時刻が目に入る。花火が始まる時間まで残り10分もなかった。
もう、神社には間に合わない。それを悟った私は、ボードに文字を書いてミガト君に伝える。
『ごめんね』
「うん?」
『花火大会、私のせいで
間に合わなくなっちゃって』
「そんなことを考えておったのか。気にするでない」
その優しさが、痛かった。
『本当にごめんね』
謝っても、謝りたりない。きっと、ミガト君だって花火を楽しみにしてたと思う。なのに、私が逃げたから……。
「お主は優しいのだな」
「…………(ふるふる)」
私は優しくなんてない。
人に迷惑をかけてばかりで、現に今も迷惑をかけている。私は、いつだって人に助けられてきた。
「……よし、今日だけ特別だ!」
ミガト君は起き上がって、大きな声でそう言った。特別って、何だろう。
「九杉、神隠しは知っておるか?」
神隠し……聞いたことがある。山とかで人が行方不明になるやつだ。
「…………(こくり)」
「それなら、話は早い」
あまり話についていけていない私は、張り切るミガト君を呆然と見つめることしかできない。
「九杉、その腕輪が欲しい」
「…………(これ?)」
急にネオンの腕輪を強請られて、私は腕を上げて確認する。ミガト君は頷いた。
……赤宮君には持っていてって言われたけれど、いいよね。花火だって、神社から見せてあげられなかったし。
私はミガト君への罪悪感で、その腕輪を渡した。これで許してくれるなら、なんて浅ましい考えもあった。
「受け取った。ありがとう、九杉」
――ミガト君がお礼を言うと共に、辺りが真っ白な霧に包まれる。
あまりに突然のことに、私は数秒動けなかった。
何も見えない。目の前に居た筈のミガト君がいない。
焦った私は、その霧の中を歩き始める。
ミガト君の声は聞こえない。私も、名前を呼ぶことができない。だから手探りで探しても、見つからない。
混乱して、動揺して、不安になった――そんな時だった。
「今宵は共に歩けて楽しかった」
はっきりと耳に響いたミガト君の声。それと同時に、霧が晴れる。
「加茂さん……?」
――霧が晴れると、赤宮君が目の前に立っていた。





