加茂さんと人混み
――奮闘の結果、俺達は惨敗した。
現実はなかなか上手くいかないものだ。当たりはするのに、ビクともしない。射的って難しい。
「惜しかったな、嬢ちゃん」
「…………(ぐぬー)」
「まあ、こういうこともある。仕方ない」
悔しそうな加茂さんを慰めつつ、秀人の方に目を向ける。
しかし、彼はまだ一発も撃っておらず、未だに悩んでいる様子だった。
「まだ撃ってなかったのかよ……」
「んー。一つって言われると迷うんだよなぁ……あれにするか」
ようやく撃ち落とす景品を決めた秀人は、銃を構える。
「兄ちゃん、去年よりは落としにくくしてるからな。一発で落とせると思わない方がいいぜ」
屋台のおじさんは自信ありげにそんな忠告をする。しかし――。
「ほいっと」
秀人はそんな軽い掛け声と共に引き金を引き、いとも簡単に小さな箱の景品を撃ち落としてしまった。
唖然とするおじさんをよそに、秀人は加茂さんに声をかける。
「加茂さんはその猫が欲しいんだよな」
「…………(こくっ)」
「って訳で、鈴香、いい?」
「……それだけにしてあげてよ?」
「おう」
二発目のコルク玉を詰めて、構える。そして、引き金を引いた。
放たれたコルク玉は猫の頭部に命中すると、ぐらっと後ろに倒れて落ちる。
「マジか」
「…………(ぽかーん)」
俺達が二人がかりでビクともしなかった猫のぬいぐるみは、秀人のたった一発で落ちてしまった。
……射的って撃つ人の腕でこんなにも変わるものなのか。撃ち方の何が違うのかは全く分からなかったが、秀人がとにかく凄いことは身に染みて理解できた。
「はい、加茂さん」
秀人は呆然とする加茂さんに、景品の猫のぬいぐるみを手渡した。
我に帰った彼女は慌てながらボードに文字を書く。
『ありがとう』
「どういたしまして」
加茂さんは嬉しそうに微笑み、秀人もニカッと笑う。
……サラッとこういうことをやってのけてしまうのは、流石は秀人だなと改めて感心した。
「落としにくくしてる筈なのになぁ……」
おじさんは強く生きてほしい。
秀人が撃ち落としたものは、電池要らずで数時間点灯するネオンの腕輪が入った箱だった。
屋台を離れてから箱を開けると、その中には赤、青、黄、緑の腕輪が入っている。
「ほら、これ丁度四つ入ってるし皆で付けようぜ。目印にもなるし」
「秀人にしては考えたな」
「だろ?」
赤の腕輪を受け取り手首に付ける。すると、ネオンが淡く光り出す。
加茂さんは黄、神薙さんは青、秀人は緑の腕輪を手首に付ける。
『ヒーロー物みたい!』
「はは、そうかもなぁ」
加茂さんは腕を上に突き上げて目を輝かせている。
「秀人って緑好きだったか?」
「いや、雰囲気で勝手に色決めて、俺は余り」
「雰囲気? 余り?」
その言葉を聞いてもよく分からず、俺は首を傾げた。
「加茂さんは明るい雰囲気だから黄。鈴香は落ち着いてる雰囲気だから青」
「俺は?」
「名字が赤宮だから赤」
「……成る程な」
俺だけ理由が雑な気がするが、色は何でもよかったので特に突っ込みは入れなかった。
「きゃっ」
「うおっ」
急増した背後の人混みに流されるように、俺達は歩き始める。
「混んできたな」
「そうね……」
「光太も鈴香も平気か?」
「ああ」
「ええ、私は大丈夫……九杉は!?」
「加茂さんならここに……あれ?」
「いねえじゃんっ」
俺の隣に居た筈の加茂さんが消え、俺達は慌てて周囲を見回す。
「…………(あわわわ)」
「見つけたっ」
すると、遥か後方で人の波に呑まれている加茂さんを発見した。
身長が低いせいで手首までしか見えないが、その手首には先程の腕輪が付けられている。きっと、あれが加茂さんで間違いない。
しかし、その波は俺達の進む方向とは逆方向に進んでおり、どんどん彼女との距離が離されていってしまうのが分かった。
「俺が行く。秀人は絶対に神薙さんを離すな」
「っ、おう。加茂さんと合流できたら連絡しろよっ」
「分かった」
秀人にそう伝えた後、俺は逆方向に進む人の波に移って加茂さんの元へ急ぐ。
加茂さんも人混みの流れに抗っているらしく、彼女との距離は徐々に近づいていく。このまま行けば追いつけそうだ。
――そう思った矢先、見えていた加茂さんの手が人混みに埋もれてしまった。
「加茂さんっ」
反射的に彼女の名を呼ぶが、そもそも彼女は声を出したがらない。だからきっと、こんな状況でも俺の声に返事をすることもできないのだろう。
つまりそれは、ここで見失えば、今度こそ加茂さんとはぐれてしまうということに繋がるのだ。
「すみませんっ!」
俺は謝りながら、人混みを掻き分けて加茂さんが埋もれてしまった地点まで歩いていく。
「加茂さん!」
そして、叫んだ。
加茂さんも俺を探してくれている筈だ。彼女なら、時間がかかってでも俺に反応を返そうとする筈だ。
だからこそ、たった一瞬の反応も見逃すな。絶対に、ここで見つけろ。
「…………(ばっ)」
――加茂さんは再び、腕輪を付けた腕を真上に突き上げた。
「すみませんっ、通りますっ!」
俺はその腕輪の光に向かって突き進む。
そして、彼女の腕を掴み、引っ張り、強引に抱き寄せた。
「俺のことちゃんと掴んでろっ」
もう離さない。少し苦しくても、密着するのが嫌でも、今だけは我慢してもらう。意地でも俺から離れさせない。
俺は加茂さんの背中に両手を回したまま、開けた場所に出るまで歩き続けた――。





