第88話
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「チクショー、昨日も寝られなかった……」
「あはは……って、“昨日も”ってどういうこと!?」
昨日と同じようにバスの車内で俺の隣に座る環奈が、俺のボヤキをしっかり拾って心配そうな顔をして俺を見つめる。
「あ、えーと、いや……た、大したことじゃ……」
「ダメだよまーくん、ちゃんと寝ないと! それで身体を壊したら元も子もないんだからね!」
「あ、ああ……悪い……」
俺のこと心配してくれる嬉しさと、俺を見つめる綺麗な、まっすぐな瞳に、恥ずかしさは違う、よく分からない感情によって思わず顔を背けてしまった。
ダメだ……環奈を見てたらドキドキしちまう……。
今日も朝一番に環奈に逢った時から、その瞳が、整った鼻筋が……一昨日キスをした柔らくて艶やかな唇が、俺の脳裏から離れない。
今も、環奈の息遣いが聞こえるだけで、こんなにも胸が高鳴っている。
「ほ、本当に大丈夫……?」
そう言って、環奈が俺の手に自分の手を重ね、ずい、と俺へと顔を近づけた。
「だだ、大丈夫大丈夫! そ、それより昨日も寝れてないから、ちょっと寝る!」
俺はそんな環奈に焦ってしまい、手をワタワタとさせると、無理やり切り上げるために寝るフリをすることにした。
だけど、こ、こんなの、寝られる訳がない……。
だって環奈の奴、心配そうに俺を見つめながら、そっと俺の頭を撫でてるんだぞ!?
結局、俺はそんな環奈にドキドキしたまま、目的地の京都駅まで寝たフリをしていた。
◇
「まあ、なんだかんだで楽しかったよな」
佐々木が、しんみりしながらそんなことを呟いた。
嘘吐け、心霊スポットから逃れられて、内心ホクホクなんじゃねーのか?
「デュフフフ! 拙者は聖地巡礼も無事できたので、感無量ですぞ! ……ただ、ノゾキができなかったことだけは、一生の心残りでござるが……」
バ、バカヤロウ!?
なに余計なことを……って、ハッ!?
「フーン……アンタ、ノゾキなんてしようと考えてたんだ……」
「そうでござるぞ。修学旅行とノゾキは、ハンバーガーにポテトと同じくらいのテンプレであるゆえ……って、山川殿!?」
「問答無用!」
長岡の正面に座る山川が、怒りの鉄拳を長岡の鳩尾に叩き込んだ。
「かひゅう……かひゅう……い、息が……」
「フン! 何よ! アンタが他の女の子のハダカを見ようと考えたのがいけないんでしょ!」
お、おおう……山川よ、それって完全にヤキモチ焼いてますって言ってるのと同じなんじゃ……。
俺は他のみんなの顔を窺うけど……うん、みんなも俺と同じ意見なのな。
「デュ、デュフフフ……せ、拙者だって、ちゃんと見る相手は選ぶでござるよ……」
「え……?」
長岡がポロリ、とこぼした言葉に、山川が思わず反応する。
ま、まさかこの流れは……!
「デュフフフ……や、やはりハル殿とマリア様は外せぬし、もちろん坂崎殿と葉山殿も……」
「コ、コノ……!」
余計なことを言った長岡に、山川が拳を振り上げようとして。
「それに……山川殿も……」
「な、ななななななななな!?」
長岡がもったいぶって最後に放った言葉に、山川は赤面してわたわたしながら。
「ごふあ!?」
「あ……」
照れ隠しからなのか、山川はもう一度長岡の鳩尾に拳をめり込ませた……。
あはれ長岡、安らかに眠れ……。
だけど……俺はこの修学旅行、一生忘れない。
だって、この修学旅行で俺は完全に過去と決別し、そして……そして、自分の想いに気づかされたんだから……。
◇
「ふう……やっと帰ってきたな」
俺達は新幹線から降りると、改札を出て駅内の広場にクラスごとに整列する。
「それではここで解散とする! みんな、家に帰るまでが修学旅行だからな!」
桐谷センセからそんなお決まりの台詞を頂戴すると、それぞれ思い思いに帰路につく。
「まーくん、一緒に帰ろ?」
「ああ、そうだな……って、姉ちゃん! ハルさん!」
見ると、姉ちゃんとハルさんが手を振りながらこちらへと近づいてきた。
「正宗! 環奈! おかえり!」
「正宗くん、環奈さん、おかえりなさい」
二人は柔らかい微笑みを浮かべる。
「うん……ただいま!」
「ただいま!」
「さあ二人とも、一緒に帰ろう!」
「昨日の話とか、色々聞かせてくださいね?」
「「もちろん!」」
俺達は楽しく談笑しながら、在来線に乗り換え、自分達の街へと帰り……。
「それでは私はここで」
「あ、ハルさん、ありがとうございました!」
「ふふ、また明日」
「はい! また明日!」
そう言って、ハルさんと別れ、俺達三人は家へと帰っていく。
「じゃ、私もここで」
「あ、ああ……」
「えへへ……まーくん、羽弥さん、また明日!」
「ああ……また明日」
「うむ」
家も目と鼻の先まで来たところで、環奈とも別れ、俺と姉ちゃんは自分の家へと帰った。
「ただいまー!」
「うむ、おかえり。風呂も沸いているから、先に汗を流すといい」
「うん、そうさせてもらうよ」
なにせ昨日の風呂は、これっぽっちもゆっくりできなかったからなあ……。
俺は旅行の洗濯物を出した後、制服をハンガーにかけてから風呂へと突入する。
「おお! ちゃんと温度調節ができる!」
家のカランから適温でお湯が出ることに感動した俺は、つい声を上げてしまった。
「おーい正宗ー、何かあったのかー?」
「わ、悪い姉ちゃん、何もないからー!」
「そうかー」
うん、声の音量には気をつけよう。
俺は丁寧に身体と髪を洗い流すと、湯船に浸かる。
「ふいい……」
おっと、思わずオッサンみたいな声が漏れてしまった。
だけど、やっぱり自分の家が一番落ち着くなあ……。
などと考えながら目を瞑っていると。
——コンコン。
「正宗……入るぞ……」
そこには、風呂のドアのすりガラス越しに見える、姉ちゃんの姿があった。
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次話は明日の夜投稿予定です!
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