第86話
ご覧いただき、ありがとうございます!
「ふああ……ねむ……」
チクショウ、昨日のこと考えてたら、ほとんど寝られなかった。
まあ、昨日は色々あったからなあ……。
姉ちゃんと鴨川に並んで座って、祇園の街を散策して、ハルさんと鴨川に並んで座って、昼メシ食べて、河原町を散策して、鴨川で絡まれてた優……坂口さんを助けて。
んで、夜は環奈とホテルを抜け出して、鴨川に並んで座って、そして……キス、したんだよな……。
…………………………。
「あああああ! どうすんだよコレ!? 超気まずいじゃねーかよ!?」
今さらながら、俺のしでかしたことに頭を抱える。
だ、だって、あの環奈とキスだぞ!?
あの! ……………………環奈、可愛かったな……。
「とりあえず、環奈と……それと、ハルさんと姉ちゃんに会ったらどうしようか……」
うん、三人が揃った時にその話が出たら、確実に炎上案件だな。
あえてとぼける? ……いや、それはないだろ。何より環奈に失礼だ。
じゃあ開き直るか? ……地面に血ヘド吐いてる未来しか見えねえ……。
よし、トラックに突っ込んで異世界に……ハードル爆上げだな……。
「堀口ー、そろそろ集合時間だから行くぞー」
ナヌ!? もうそんな時間なのか!?
俺はチラリ、とスマホの時計を見ると……うん、今日も時は正常に刻まれているようだ。
……覚悟、決めるか。
◇
「まーくん、おはよ!」
ロビーに出ると、既に来ていた環奈が早速朝の挨拶をしてくれた。
き、気まずい……。
「お、おう、はよ……」
「そういえば、朝食会場で見かけなかったけど、何かあったの?」
「え!? あ、ああいや、単に寝過ごしただけで……」
「ふうん、ならいいけど……」
環奈は不思議そうな表情を浮かべ、俺の顔を覗き込む。
や、なんで環奈はそんなにいつも通りなんだ!?
俺は環奈を見つけてから、こんなに胸が苦しいのに……。
「正宗、おはよう」
「おはようございます、正宗くん」
すると、キャスター付きのスーツケースを転がしながら、姉ちゃんハルさんもロビーにやってきた。
「? 正宗、どうした?」
「え!? い、いや、別に何も……」
「そうか……?」
姉ちゃんが訝し気な表情で俺の顔をしげしげと眺める。
「正宗くん」
「は、はい……?」
「何か悩みでもあるんですか? 正宗くん、どこか苦しそうです……」
「あ、あああ、いえ! 全然! 大丈夫です!」
心配そうに見つめるハルさんに、俺はわたわたと手を振って否定する。
な、なんだよ二人とも……よく見てるな……。
「そ、それで二人も奈良に来るんでしょ?」
俺は話題を逸らすため、そんなことを尋ねた。
だけど、返ってきた答えは予想とは違うもので。
「……実は、私達はもう帰るんだ」
「ええ!?」
姉ちゃんの言葉に、俺は思わず声を上げた。
え? え? どうして?
「実は……今日の午後の授業にはどうしても出ないと単位を落としてしまうんです……」
「そ、そうなんですか!? それってどうしようもないんですか!?」
俺は二人ともっと一緒にいたくて、つい問い詰めるような真似をしてしまう。
そんなことを言っても、二人が困るだけなのに。
「すまん……だが、そうは言っても明日には逢えるんだ。私は一足先に、正宗の帰りを待っているよ」
「ええ……私も、正宗くんの帰りを楽しみにしています。RINEもしますから……」
「あ……う、うん……俺のほうこそ困らせるようなこと言ってごめん……」
本当に俺は……。
「そ、そんな顔をするな! 私はその気持ちだけで嬉しいぞ!」
「そ、そうです! そんな風に想っていただけて、私は幸せです!」
ああもう……結局二人に気を遣わせて……。
「ご、ごめん……そ、そうだよね! 明日、二人に逢えるのを楽しみにしてるよ!」
「う、うむ! 駅まで迎えに行くからな!」
「わ、私もです!」
その時。
「さあ、全員バスに乗り込め!」
ああ……もう二人とはお別れだ……。
「そ、それじゃ行ってくる」
「行ってきます!」
「うむ、二人とも気をつけてな」
「帰ったらお話、聞かせてくださいね?」
そう言って、手を振る二人と別れ、俺と環奈はバスへと乗り込んだ。
「ねえねえまーくん、せっかくだから一緒に座ろうよ」
環奈の提案は俺としては願ったりなんだけど、アイツ等は……あ、佐々木と長岡はチャッカリ一緒に座ってやがる。
山川と葉山も、二人同じ席だな。
といっても、結局その四人は横一列一緒だけど。
「じゃ、じゃあ一緒に……」
「うん!」
そして、俺達は同じ席に座る。
だけどやっぱり、環奈の様子はいつも通りで、それを寂しいと感じている自分がいる。
——ブロロロ。
バスが動き出し、一路奈良へと向かう。
外の景色が流れ、クラスメイト達は隣同士で会話したり、昨日の疲れが残っていて寝ていたりと、思い思いに過ごしていた。
そんな中、俺は環奈から視線を外せない。
昨日のキスが頭から離れないから、環奈が眩しく映るから。
すると。
「まーくん」
環奈が柔らかな表情を浮かべ、そっと俺の名前を呟く。
「昨日のことは、私がまーくんに無理やりお願いしただけだから、気にしなくていいんだからね?」
環奈から優しく告げられた言葉に、俺は一瞬、かあ、と頭が熱くなった。
何だよ……何だよそれ……!
「そ、そんなこと! ……そんなこと、言うなよ……俺……俺だって……」
勢いに任せて環奈に思いきりぶつけようとするけど、俺の声は尻すぼみになる。
だって……俺はあの時、何も考えずにただ勢いだけで……真剣に考えていたわけではなくて……。
そんな環奈に対する……いや、三人に対する罪悪感がこみ上げ、俺はつい環奈から目を逸らしてしまった。
だけど、それでも俺の中には環奈がたくさんいて、昨日みたいに環奈にもっと触れたくて、もっとキス、したくて……。
「うん……まーくんはゆっくりでいいよ? 無理しないで、ね?」
そして、環奈が俺の頬にそっと手を当てる。
結局俺は、そんな環奈の優しさに甘え、環奈の手に俺の手を添えると、俺達はバスの中で無言のまま過ごした。
お読みいただき、ありがとうございました!
次話は明日の夜投稿予定です!
少しでも面白い! 続きが読みたい! と思っていただけたら、ブクマ、評価、感想をよろしくお願いします!




