第76話 坂口優希①
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■坂口優希視点
私には幼馴染がいる。
坂崎環奈と……堀口正宗。
二人は、父の都合でこの街に引っ越してきた私が、幼稚園に入った時にできた、最初の友達。
「えへへ、僕は堀口正宗、よろしく!」
「私は坂崎環奈!」
「……坂口優希」
元々引っ込み思案で人付き合いが苦手な私は、恥ずかしくてつい素っ気ない態度を取っていたことを覚えている。
だから、二人が私の名字が二人の名字と半分こだといってはしゃぐ姿を見ても、ぷい、と視線を逸らしていた。
それからも、環奈さんと正宗くん……特に正宗くんは、事あるごとに私のところにやって来ては、いつも遊びに誘ってくる。
私はいつもそれを拒絶する素振りをするけど、それでも正宗くんは私のところに来てくれる。
他の幼稚園の子ども逢は、もう誰も誘ってくれないのに。
そしてそれは、あの環奈さんでさえも。
でも、正宗くんが私を誘ってくれるから、環奈さんも渋々一緒に遊んでくれる。
私は、そんな正宗くんが……そんな明るくて優しい正宗くんが大好きだった。
◇
小学校に入ってからも二人とはいつも同じクラスで、正宗くんは変わらず私を遊びに誘ってくれる。
だから。
「なあなあ優希、僕達と鬼ごっこしよう!」
「……仕方ないから正宗くんとだけだったら、遊んであげてもいい」
いつしか私は正宗くんだけには心を開くようになり、正宗くんの誘いに乗るようになっていた。
そして、いつも正宗くんと一緒にいる環奈さんに、密かに嫉妬を覚えていた。
もちろん、他の同級生達とは全く会話もしなかったから、みんなとは髪と瞳の色が違うこともあり、気づけば私は同級生達にいじめられていた。
でも、私は平静を装った。
だって、正宗くんに私がいじめられていることを、知られたくなかったから。
そして、小学五年生のある日の朝、とうとう正宗くんにその事実を知られてしまった。
『ブス』
『死ね』
『二度と学校に来るな』
私の机に、心無い言葉が書き殴られていた。
同級生たちはその机を遠巻きに囲み、ヒソヒソと話をしていた。
それでも、何でもないとばかりに私は自分の席に座る。
本当は泣きたいのに。
本当は走って逃げ出したいのに。
「こんなくだらないことしたの、誰よ!」
私の机を見た環奈さんが吠える。
そっとして欲しいのに。
正宗くんに気づかれたくないのに。
こんな惨めな私を、知られたくないのに。
その時。
「イテッ!?」
「キャッ!?」
突然、同級生の男女の驚くような声が聞こえた。
そちらへと目を向けると、どうやら正宗くんが蹴ったらしい。
そして、その同級生達と口論を始める。
多分、あの子達が私の机に落書きをしたんだろう。
結局、環奈さんに筆箱を投げつけられ、その男の子が号泣して終わった。
すると、正宗くんが私の傍にやってきて。
「……何?」
「え、あ……そ、その机、綺麗にしようよ」
私は正宗くんに素っ気なく問いかけたら、正宗くんは少し困った表情をした後、そんなことを提案してきた。
「……別にいい」
でも、素直じゃない私は、そんな正宗くんに対し、顔を背けて断った。
本当はすごく嬉しいくせに。
「ちょっと! まーくんが綺麗にしようって言ってるんだから、そうしようよ!」
「……環奈さんには関係ない」
「ムキー! 何よ!」
環奈さんは怒るけど、これは私と正宗くんの話。環奈さんはあっちに行って欲しい。
すると、正宗くんはスタスタとロッカーへと行ったかと思うと、水を含ませた雑巾を持って戻って来る。
そして、私の机をゴシゴシと拭きはじめた。
「……おせっかい」
私は、そんな皮肉を言うのが精一杯だった。
本当は、「ありがとう」って言いたかったのに。
だけど。
「かもね」
そう言って、ニカッと笑う正宗くんの顔は……すごく、素敵だった。
◇
中学に進学すると、私は正宗くんや環奈さんと別のクラスになった。
正宗くんがいない教室、私は不安で仕方なかった。
ところが。
「あ、あの! 好きです!」
「え……?」
中学に入った途端、色んな男の子達から告白されるようになった。
それこそ、野球部のエースって呼ばれてる三年生の先輩や、あの私をいじめていた同級生の男の子まで。
そして、女の子達も敵視どころか、羨望の眼差しを向けるようになる。
私には訳が分からなかった。
だけど、今まで正宗くんにしか相手にされていなかった自分がこんなに注目を浴び、そして、中学校の中心に存在してるんだと理解した時、私は得も言われぬ幸福感と優越感を味わった。
そんな日々を送っていたからだろうか。
正宗くんがたまに私の様子を見に、環奈さんと一緒に教室を覗きに来ることがあったけど、私は他の生徒達の相手で忙しかったし、何より、私に対してあまり友達面をして接して欲しくなかったから、小学校の時以上に素っ気ない態度を取っていた。
だって、正宗くんは中学に上がってからもパッとしないし、私に群がるその他大勢の男の子と同じだったから。
まあ……環奈さんに関しては、学校でもかなり注目を浴びるほど綺麗になっていたから、一緒にいてもつり合いが取れるかもしれないけど。
ただ、いまだに正宗くんの傍に付きっきりになっているのには、趣味が悪いとしか言いようがなかった。
そして、そのまま二人と疎遠な状態が続き、中学三年生に進級したばかりの四月。
「優希……話があるんだ。放課後、校舎裏に来てくれないか?」
突然、教室にやってきた正宗くんがそんなことを言い出した。
これってつまり……。
だから。
「……ええ、いいわよ」
私は極めて事務的にそう返事した。
「! じゃ、じゃあ放課後!」
私は嬉しそうに自分の教室に戻っていく正宗くんの背中を見て溜息を吐く。
ハア……本当にメンドクサイ。
しかもあんなに喜んじゃって、まるでもう告白に成功したかのように。
とにかく、ハッキリ言ってあげたほうが彼のため、ね。
正宗くんと私じゃ、住む世界が違うんだってことを。
そして、放課後を迎え、私は指定された校舎裏へ行くと、そこにはそわそわした正宗くんがおり、私の姿を見つけると、嬉しそうにはしゃいでいた。
「……それで、何か用?」
私は面倒だから早く終わらせようと、サッサと告白するように促す。
「俺……! 優希のことが好きだ!」
ふう……さ、いつものように処理しよう。
「正宗くんが私のことが好き? それで?」
「え? え? だ、だから俺は優希が好きで……」
「はあ……それはさっき聞いた」
本当に要領が悪くてイライラする。
私の態度を見れば、万に一つもないことくらい分かるだろうに。
私はこのおバカな正宗くんに、自分で気づくようにもう一度問いかける。
「だから、正宗くんは何がしたいの?」
「え? な、なにがって、お、俺は優希とその、付き合いたい、って……」
ダメだ。
コイツは、ちゃんと言わないと分からないらしい。
だから私は言葉にする。
「大体、私は正宗くんなんて好きでもなんでもないし」
はい、これでオシマイ。
私は用が済んだとばかりに、その場を去ろうとしたんだけど。
「ま、待ってよ! ど、どうして!?」
面倒なことに、正宗くんが追いすがって来る。
せっかくこの私が、彼のために気を遣って本当のことを言わないであげたのに。
だから、今度こそハッキリと言ってあげる。
「この際だからハッキリと言っておく。私はずっと、あなたが鬱陶しいと思っていたの」
正宗くんはますます困惑した顔になる。
「私には正宗くんは邪魔な存在でしかなかった。大体、私と正宗くんで釣り合うと思ってるの? 何の取り柄もなく、容姿だって人並み。あの環奈さんがあなたの傍にいることだって不思議で仕方ないくらい。多分、環奈さんは趣味が悪いんでしょうね」
「あ……」
正宗くんがここまで言われてようやく理解したのか、言葉を失っていた。
「本当に、勘違いも甚だしい。せっかく中学ではあなたとクラスも離れて喜んでいたのに、三年になった途端こんな真似するなんて……周りに勘違いされたらどうするのよ……」
「…………………………」
「とにかく、金輪際私に近づかないで。じゃあね……おバカな“エセ幼馴染”さん」
ふう……これで正宗くんもこんなバカなことは考えないでしょう。
私は俯く正宗くんを置き去りにして、校舎裏から去った。
そして……その次の日から、正宗くんは学校で見かけることはなくなった。
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次話は明日の夜投稿予定です!
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